2009年3月30日月曜日

抹茶は敵か味方か

3月26日、Kヴィントナーズのハウス・ワイン(白)を抜栓。シャルドネ85%、リースリング10%、ミュスカ5%。パワフルで快活、だが粗削りではない。そのあたりがワシントン州の魅力か。樽のかかっていないシャブリにこれに近いものがあった。ブラインドでこれを飲まされてアメリカワインだと即答できるだろうか? 境界ワインかボーダーレスワインか、興味のつきない産地である。

3月27日、夜、ピエール・ガニエール・ア・トウキョウでボルドーワイン委員会主催のボルドー甘口白ワイン・ディナー。ソーテルヌに代表されるボルドーの甘口白ワインを今年は重点的にPRしたいという委員会の意思表明をメディアに対して行うのがこの会の趣旨である。アペリティフからデザートまで10種類の甘口白ワインで通すというもの。久しぶりに口にする貴腐ワインは高雅な気分にしてくれた。料理も想像以上によくできていてマリアージュも無理なく楽しめた。ただ、スピーチに立ったゲストが茶道の話(菓子の代わりに甘口ワインを一口飲んでから抹茶を飲むという試み)をし、実際に8杯目のソーテルヌとともに冷たい抹茶が出てきたのだが、この遊びにはあまり感心しなかった。というのも、一昨日バリューボルドー試飲会に出かける前に、わが精神に気合いを入れるべく家で抹茶を飲んでから出かけたが、抹茶特有の甘みとフレーバーが口腔鼻腔に残って肝心のワインの甘みが感じられなかったという苦い経験をしたばかりだったのだ。抹茶を飲むなら、すべてのワインを飲み終えた後に飲むべきというのが僕の意見だ。
会の後、H誌T氏とお茶をしながら近況を語り合った。面白い新男性誌の企画が実現しそうだと話すT氏。縁も思い入れもある雑誌が次々になくなっていく昨今、ぜひともホネのある媒体をつくって存続してもらいたいと切に願うばかり。

3月28日、午後西麻布のプロヴィナージュで行われたオーストリア・ワインの勉強会に参加。茨城からワイン仲間のIクンも上京。この会の主催者で講師を務めるソムリエTさんは去年オーストリア・ワイン大使に任命された人。冷涼地のワインに対するこだわり、愛着には特筆すべきものがある。冷涼地のぶどうはフェノール化合物が成熟してから収穫されるので風味が豊かになるというキモの説明に始まり、オーストリア・ワインの歴史、産地、土壌、品種、法制にざっと触れた後で白・赤を試飲。繊細でおだやかなワインを飲みながら、シュタイナーが生まれた国でのビオディナミ、品種特性よりも土地を表現するために伝統的に行われてきた混植、混醸(ゲミシュターサッツ)、ドナウ河沿いに広がるワイン文化圏のことなど、つぎつぎに切り口が頭に浮かぶ。

2009年3月25日水曜日

ボルドー100本、鼠は何匹?

リッツ・カールトンでバリューボルドー2009の試飲会。僕のワイン飲みとしての足腰を鍛えてくれたのはバリューボルドーだったと言ってよい。その点ではひとかたならぬ恩義を感じているのだ。100本のほとんどすべてを試飲(途中からはほとんど意地で)。玉石混淆なれど何本かは「オッ!」と神経が反応するものもあった。とはいえ、去年と比べると総じて低調な気がしたのは、こちらのコンディションのせいか。会場でたまたま会った同業の友人Kクンが「今年の赤はあっさりというか浅いと感じました」との感想をメールでよこしたが、たしかにそういう印象はあって、それが僕にはメルロ主体のものが目立ったせいもあると思えた。メルロ主体のワインが「あっさり」とか「浅い」とは言えないが、ボルドーのワインを100本並べるのならもう少し左岸タイプというかカベルネ主体のタフなものが多くあってもいいと思うのだ。3500円以下という価格設定の縛りのせいもあるのだろう、あるいは昨今の世間の嗜好と選者の傾向がメルロ的な方向へとなびいているのか、とにかく飲んでも飲んでもメルロであった。
100本のコーナーとは別にボルドーを扱う業者のブースが出ており、余勢を駆っていくつか試飲したが、むしろそちらの方にグッとくるものが連発した事実にバリューボルドーという企画の実力というか内情というかが見えた——なんて言ったら問題発言だろうな。

ミッドタウン内のディーン・アンド・デルーカでワシントン州の白を、プレッセでスペインの白赤各1本をそれぞれ購入。

帰宅後しばらくはワインを飲む気にならなかったが、夜更けにはまたその気が戻ってカプサネス マス・コレット2005を抜栓。先日のスペインワイン・プレスミーティングで帰りに手土産としてもらったもの。ガルナッチャ、サンソー、テンプラニーニョ、カベルネの混醸。なにやら意欲作らしいが、初日の印象は「荒々しい」の一言。というか、もしや劣化している? ネットで調べてみたらカプサネスはプリオラートの近くの村(DOはモンサン)。このボデガは80年代までへこんでいたのが90年半ば以降につくりを改め評価を得たらしい。やはり、どうもプリオラートに呼ばれている気がしてならない。

2009年3月24日火曜日

野球とワインの共通点について

今日の午後にサムライジャパンの2連覇で幕を閉じたWBCにすっかり付き合ってしまい、ここ数日は仕事も手に付かぬありさまだった。昨夜はアメリカに勝った準決勝の報道を見ながらドメーヌ・デュ・ビシュロン マコン・ペロンヌV.V.2006を開け、また前日抜栓したアナケナ シングルヴィンヤード カルメネール2006の続きを飲んだ。ビシュロンは青山の和食屋で出会って以来気に入って何本か飲んだ。夕食につくった鯛の煮物に合うと思って久しぶりに買ったのだが、以前とちょっと印象が違った。ヴィンテージが違うのか、自然派ならではの「ブレ」か? 一方、アナケナは昨日よりもまとまりが出て味わいが上がったように感じた。そんなチリワインの充実ぶりにそそのかされて考えたわけでもないが、今回のWBCで起こっていることはワインの事情と相通じるところがあると思う。アメリカで生まれた(キューバが発祥という珍説もある)野球がアジアでスモールベースボールという技術と出会って花開き、ついには本家を圧倒するまでになった。アメリカやキューバをフランスやイタリアに置き換えると、ワインのたどった経緯と似てはいないだろうか。野球における日本や韓国はさしずめワインにおけるチリやニュージーランド、そして日本である。感動や驚きを与えてくれるワインなら、どこの産でも品種が何でもかまいはしない。最近強く感じていることを野球を通じて再認識したかたちだ。
きょうの決勝戦、4時間に及ぶ試合の半ば、どこまでも互角に戦う日韓選手のプレーぶりを見て、もうどっちが勝ってもいいじゃないかという境地に至った。野球もワインも、抜きん出たものに国籍も愛国心も何も関係ないのだ。

2009年3月22日日曜日

ワインの道はワインが導く

3/19の話から。スペイン大使館経済商務部が開いたスペインワインのプレスミーティングに出席。骨子は昨年度もスペインワインの日本での売れゆきは好調で、売り上げは8年連続前年比増、ついにアメリカを抜いて輸入ワインの第4位(1位フランス、2位イタリア、3位チリ)になったとのこと。年間PR計画の説明を上の空で聞きながら会場を見回すと、C誌編集者のOさんが。かたちばかりのミーティングが終わって懇親会という名の立食&試飲に移ったところでOさんに声をかける。彼女とはワインの話でいつも盛り上がるのだ。赤、白、泡、シェリー、合わせて24本が試飲用に供された。石ころのエチケットで印象深いフィンカ・バルピエドラや最近僕が高評しているエルカヴィオ・ロブレの上のクラス(リミテッド・レセルヴ)、さらにはデスセンディエンテス・デ・ホセ・パラシオス・ペタロスもあった。これは3カ月ほど前に紀ノ国屋のワインコーナーでジャケ買いして印象に残っていたもの。あらためて調べ直してみると、品種はメンシア100(!)。造り手のアルバーロ・パラシオスはペトリュスのムエック社で修業を積んだのちプリオラートの名を世界に広めた人物。なるほど。スペインワインの革新を語るにはプリオラートは避けては通れないのはわかっていたが、とりつく島がなくて困っていたのだ。これで道筋は照らされた。ワインの道はワインが導いてくれる。Oさんとは近くシェリー会をやることを約して別れた。

3/20夕食の買い出しでいった東急プレッセでヴィスカラ センダ・デロロ2006を購入。これも新たなるジャケ買い。昨夜開けて飲んだら、これがまたオドロキの完成度。ネットで検索をかけてみたがまだインポーターのサイトに紹介文が載っているのみ。新顔であるらしい。高地畑での栽培によるものか、スペインものにしては出色のエレガンス。翌朝(つまり今朝)は野球の試合があって深酒は禁物だったのに、つい止まらなくなってあやうく飲み干すところだった。センダ・デロロとは「黄金の小道」。またもや“道”である。スペインワインの千里の道へ、こうして一歩ずつ踏み込んでいく。

2009年3月14日土曜日

「あの丘」への思いはつのる

M・シャプティエ社のワインセミナーに出席。社長のミッシェル・シャプティエ氏自身がマイクを握って自身のワイン哲学、テロワールの定義、ビオディナミを実践する意義を語る。フランス人らしい自信に溢れた饒舌。脚が悪いようだったが、元々の障害か事故か気になった。印象に残った言葉から。
「ぶどう栽培家がハシゴの高さを決める。それに昇るかどうかは醸造家次第である」
「スノッビズムに溺れてはならないと自戒している」
「シラーは、最近の研究により、エルミタージュの丘の近くで交配によって生まれた品種だということが証明された」
「ワインの後味と料理がマリアージュする」
「醸しを長くしすぎると成分抽出はかえって減る」
セミナー後半は、M・シャプティエ社が誇るセレクション・パーセレール(特に厳選された単一畑ものですべて単一品種による)の2005年水平試飲。白3本(マルサンヌ)、赤5本(グルナッシュ1本、あとはシラー)の計8本のうちじつに4本がパーカーポイント100点満点。ミッシェル・シャプティエ氏は世界で最も多くのPP100点を獲った男だそうだ。
最初の白、サン・ジョセフ・ブラン“レ・グラニ”が会場の端から注がれ始めるとすぐに優美な香りが鼻をくすぐった。酸味が少なく、奥ゆかしく、時と共に複雑さを増す。フィニッシュに感じる軽い苦みがまたいい。エルミタージュの白は長熟に堪えるというが、熟成したあとはどういう味になるのだろう? 初めて北ローヌのヴィオニエを飲んだ日の記憶が甦った。記憶は嗅覚とつながっているというのは真実である。どうやら僕の好む白ワインのスタイルはローヌ川が削った渓谷沿いにあるらしい。赤ではトリを飾ったエルミタージュ・ルージュ“レルミット”が抜群、いかにも若々しいが、仕立ての良いタキシードのような気品が感じられた。
試飲したワインは9000円〜37000円。なかなか普段の生活では手が届かないが、このクラスのワインをたまに飲んでおくことは自分のなかに基準をつくるためにとても大事なことだ。
3年前、ローヌを訪ねたときは南部だけで、北部に気が残った。まだ見ぬエルミタージュの丘への思いはいよいよつのるばかり。

2009年3月12日木曜日

花より先に開くロゼ

バロン・フィリップ・ド・ロスシルト社のPRをしているH社から試飲用に送ってもらったル・ロゼ・ドゥ・ムートン・カデ2007を抜栓。この3月に発売になったばかりの新商品だ。華やかで品のある紅色。開けたての香りはフルーツというよりアスパラなどのヴェジタブルを感じる。口に含むと舌先にふっと甘みが触れる。このほのかな甘みがすごくいい。ザクロのような、ルビー・グレープフルーツのような。ムートン・カデ(赤)には残念ながらいままであまり良い印象がなかったが、今回のロゼはすばらしい。なぜバロン・フィリップがいまどきボルドー・ロゼを?という疑問は実物の出来の前に雲散霧消してしまった。部屋に春が満ちるようだ。桜の花の下で飲んだらさぞや旨かろう、タヴェルのロゼと飲み比べてみたらどうだろう、と楽しい想像がふくらむ。録画してあったドラマ『神の雫』の最終回を観ながら続きを飲む。遠峰一青の真似をして「おぉぉぉぉー!」と唸りながら、またグラスの中身を飲み干す。ドラマは視聴率が悪く放映打ち切りの憂き目を見たそうだ。気の毒だが、あのつくりでは無理もない。ワイン好きにかぎって『神の雫』やパーカー・ポイントのことを悪く言うが、僕はあえて反対の立場に立とうと思う。これを語ると長くなるので手短に言えば、神の雫の作者やロバート・パーカーは少なくとも人の耳目に自らのワイン観をさらして生きているのだ。主体的にワインと関わることのできる飲み手がいったいこの世に何人いるだろうか?

2009年3月11日水曜日

シェリーは別腹?

昨夜は、恵比寿3丁目のバル白金でF誌2月号に掲載されたシェリーをめぐる旅記事の打ち上げ。シェリー委員会のAさん、F誌編集担当のF君、カメラマンのK君と僕の4人で個室に陣取り、マンサニージャに始まって、フィノ、アモンティリャード、オロロソ、果てはアルマセニスタものやパロ・コルタード、ヴィンテージ・ソレラまで、甘口以外はリストの銘柄のほとんどすべてを頼み、タパスをあてに大いに飲んだ。F君を除く3人でヘレスの取材に行ったのは去年の9月。半年も前のことだ。取材したボデガの名前が出てくるたびに「ああ、行ったよね」とはなるのだが、なぜか話は取材時の回想にはならず、直近の話題ばかり。ペルーへ蒸留酒ピスコを飲みにいったというAさん、おとといスマトラから戻ったばかりのK君、中川前財務省のローマでの失態に一言あるF君と揃っては、もはやヴェネンシアもアルバリサ(あの地方独特の白い土壌)もタバンコ(樽からシェリーを注いで飲ませる飲み屋)もブレリア(ヘレスのフラメンコスタイル)も遠い話だ。ここ半月ほど、例の某女性誌用ワインリストにかかりきりで、白赤泡一辺倒にやや飲み疲れ気味だった僕にとってはシェリーの酒精強化の成分がカラダに新鮮且つ快かったようで、いつにも増しておいしく感じ、気のおけない連中と飲んでいるというシチュエーションが楽しいのも手伝って、飲んでも飲んでもまだイケる気がした。

上機嫌のまま家に帰り、飲みかけの赤を飲む。前夜はアルゼンチンのシラーに軍配を上げたが、1日経って、モンテプルチアーノが逆転。あれだけシェリーを飲んだ後なのに、しかも花粉症が出て嗅覚はゼロに等しいのに、グッと覚醒するような優美な味であった。現代的な造りに見えて、そこはやはりイタリアワインなのだなあ。

昼間、インポーターN社のSさんからのメールに「ピータンとエルミタージュの白を合わせたらおいしかった」と。ローヌのワインは中華と合うとは言うけれど、それはあくまでも南のほうのスパイシーな赤の話だったはず。ピータンと白とは!? ぜひとも近々に試してみなくては。

2009年3月10日火曜日

白熱の日韓戦の後はラティーノ三つ巴戦

TVで野球のWBC、日韓戦を観ながらイタリアの白を2本(プリマテッラ ピノ・グリージョとエスト! エスト!! エスト!!!ディ・モンテフィアスコーネ)試飲。サムライジャパンが0-1で惜敗した試合を見終えた後、赤を3本試飲。アルゼンチンのシラーで「世界のシラーランキング第4位」に入ったというふれこみのカリア・マグナ シラー2006、アルゼンチンにイタリア品種を持ち込んで造ったコロニア ラス・リエブレス ボナルダ2007、イタリアのグラン・サッソ モンテプルチアーノ2007。いずれも1000円台前半。濃いけれど鮮やかな色合いといい、開けたてからバニラと赤い果実を中心とした良い香りが立つところといい、3本には共通するところがある。テイスティンググラスから大ぶりのグラスに注ぎ替え、ほったらかしにして待つこと1時間。よく似ていて隣の保育器の中身と区別のつかなかった赤ん坊に、やがて個性や自我が出てくるように、3つのワインもそれぞれのキャラクターと実力を見せ始めた。頭ひとつリードしたのはシラー。瑞々しい果実と落ち着きが同居。余韻もいい。優等生すぎるのが気になるくらいの完成度だ。M・ロランがコンサルティングするワインを彷彿とさせる現代的な味わい。第2位はモンテプルチアーノ。香りは上品、バランスも良い。イタリアワインには幻想がある僕としてはつい評価が辛くなるのだが。2つに比べて時間とともに見劣りがするようになったのがボナルダ。後味に醤油のような風味があってそれが気になる。まあ、それでも劣化臭がするわけではなく、新奇なワインを飲んだ気がしたという点ではボナルダに軍配を上げてもいい。そのくらいの差なのだ。
これにて、某女性誌向けワインリストのための試飲はほぼ終了。世界をあらためて旅したようで、ワインの現代化、グローバル化などいろいろと見えるものがあり面白かった。

2009年3月7日土曜日

淑女、イケイケ、パバロッティ

金曜の夜。個人的な祝い事にかこつけて友を誘い早稲田のスペインバル、ノストスへ。何かあったときに開けようと思って寝かせてあったケルチェッキオ ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ1998と、仕事の延長で試飲用のシャトー・デュ・クレレ ミュスカデ2007を持参。対して、店主が「on the house」で用意してくれたのがクアトロ・パソス2006。これはスペイン北西部、ビエルソという土地の産で、最近話題のメンシアという品種によるもの。飲んでみたいワインだったのだ。飲み手は僕を入れて4人。店主夫妻もときどき参戦。まずはカンポ・デ・ボルハ(リオハの南)のミローネ3兄弟から。「3兄弟」はテントウムシの絵が可愛らしいラベルが白、ロゼ、赤と揃ったところからわれわれが勝手に命名。税込700円台という価格からすると優れている。とくにロゼは2000円といわれても納得するだろう。ムール貝が出てきたのに合わせてミュスカデへ。バランスよく風格のあるワインで淑女を連想させる。勢いづいてクアトロ・パソスを抜栓。黒地に光沢のあるピンクでクマの足跡が描かれたラベル(クアトロ・パソスは4つの足跡の意味)から感じられるイメージ通りの溌剌とした香り。果実もスパイスもいきいきとして飲み手のテンションを上げてくれる。淑女から一転、こちらは相当遊んでいる女という感じ。モツをトリッパ風に煮込んだ料理が出てきたところで、満を持して、デキャンタージュしてあったブルネロを注ぐ。スペインバルにイタリアの銘酒とは掟破りだが、祝いの席に免じて今夜は許してもらおう。97年、世紀のグレート・ヴィンテージといわれた年の収穫期に取材で現地にいるという幸運に恵まれ出合って以来、ブルネロは僕の心のワインである。いつ飲んでも、若くても熟成したものでも、一度も裏切られたことがない。ミラノに住む友人のMが一時帰国するたびに必ずブルネロを持ち帰ってくれるのだが、今宵開けたのもその1本である。Mの奉仕に応える術を僕は知らない。ただ感謝するのみである。クマの足跡でテンションを上げた一同だったが、一転、ブルネロのパバロッティの独唱のような壮麗な趣に言葉を無くしてただ唸る——。序破急、いや、起承転結? どう表現するにしろ、誰が演出したわけでもないのに、構成力のあるエンタテイニングな飲み会であった。

2009年3月6日金曜日

泡沫的インド事件

某女性誌ワイン特集向けリストアップもそろそろ大詰め。大手広告クライアントからの掲載要望(という名の掲載強要)ボトルがメールで届き、それを入れ込むのに“持病”の拒否反応が出るが、もともとが雑誌というのはそういうふうにして成り立っているのだと、過去にも何度も自分に言い聞かせてきた同じ台詞をまたもや自分に浴びせて、それでも一矢を報いるつもりで(誰にだ?)リストの精度を上げるべくエクセルの画面を睨む。泡、白、赤、記念日用というくくりで各15本、つまり全体で60本。この数字、多いと見るか、少ないと見るか。各テーマに産地、品種、味わいや造りのスタイルをバランスよく配し、インポーターも散らしてとなると15本は意外と少ない。逆にリストアップしたボトル数+αの大半を試飲していることを考えるとその数は膨大——。

というわけで、夜の自宅試飲は昨日も今日も明日も続く。昨夜は、泡2本。
1本目はインド(!)のスラ・ブリュット。価格は1500円ほど。正直、物珍しさで候補に加えたのだったが、これがオドロキモモノキインドのシュワシュワ。端正で奥行きもあって、ブラインドで出されたら間違いなく5000円以上のシャンパーニュと答えるだろうという出来。アラン・デュカスやアンジェロ・ガヤが絶賛したとネットに出ていたが、それだけのことはある“事件”である。そういえば一昨年ミシェル・ロランにインタビューしたとき、彼がインドのワイン産業の侮れない現況と展望を語っていた。われわれの石頭が認識をアップデートするよりもずっと速くに世界の銘醸地は拡散・移動しているのだ。
2本目はカバでドゥーシェ・シュバリエ・ドライ。恵比寿パーティの売れ筋で1350円。先のインド産に比べると甘みが勝るが、その完熟バナナのような風味に馴れてくると、包容力を感じて飲み飽きない。
インド→カバ→インド→カバとやっているうちに楽しくなって、すっかり酔っぱらってしまった。

2009年3月5日木曜日

仮面ライダーといたずらっ子

ポルトギーザー、ドルンフェルダー、フリューブルグンダー……『仮面ライダー』に出てくる改造人間の名前ではない。今夜飲んだラオスブープというドイツワイン(赤)に使われている品種名だ。調べてみるとポルトギーザーはポルトガルから伝来したと信じられている品種。ドルンフェルダーは1955年に交配によって生まれた新品種でカベルネ・ソーヴィニヨンの対抗馬になると目されているもの。フリューブルグンダーはピノノワールの突然変異によって生まれた品種。冷涼で本来はぶどう栽培の適地とはいえないドイツでは、古くから品種の実験や開発が盛んだった。リースリングを基軸に“フレッシュ&フルーティ”で一時代を創ったものの、その栄光も長くは続かず、いまは特色ある赤を生み出そうと各地で奮闘しているとどこかで読んだ。ラオスブープとは「いたずらっ子」のこと。香りは濡れ落ち葉を含んでボルドーを思わせ、口に含むと熟したブルゴーニュのような趣があるこのワイン、まさにその名の通りのイメージである。いや、数々の奇譚・名作を生んだこの国のこと、いたずらっ子にも僕の知らない深いいわれがあるのかもしれない。

もう1本抜栓したのはリバー・ルートのカベルネ・ソーヴィニヨン2006。アメリカワインのような名だが、じつはルーマニア・ワイン。ルーマニアとは「ローマ人の土地」の意味なのだし、東隣のモルドヴァは最古のワイン産地のひとつ、となればルーマニアにも当然古くからワインがあったのだろうが、目にするのも口にするのも初めてである。1000円台前半の値段からしても高級感や洗練は期待していなかったが、濁って酸っぱくて野暮ったくて古風で、それがかえって面白い。ラベルにそうだと記されていなければ誰もこれがカベルネだとは思わないだろう。ワインの近代化、グローバル化を象徴する品種で造られた懐旧のワインといった感じ。思えば2年ほど前に飲んでいまも強く記憶に残っているモルドヴァのワインも、これに通じるものがあった気がする。ほんの何年か前まで、世界のワインの大半はこういう味だったのではないかと想像させる味。

2009年3月3日火曜日

ロゼワインをキャンディ水にする魔法?

昨夜の試飲(某女性誌向け)は白とロゼの2本。グレイス甲州鳥居平畑2007とヴァンクゥール・ヴァンキュ2007。前者は仕立ての良い男ものの浴衣のよう。後者は紅玉のような酸味を持つ可憐なワイン。一昨日(目黒のバルで)飲んだのがいずれ劣らぬ個性派揃いだったから、この日の2本はなんだか儚すぎて、きれいな水を飲んでいるようだった。

某インポーターから試飲用ワイン4本届く。内訳は豪州のロゼ・スパークリング、ロワールのミュスカデ、モンテプルチアーノ・ダブルッツォ、そしてなんとルーマニアのカベルネ(!)。夕食時にロゼ・スパ(ジビッボ)を開ける。食事と合わせるにはいささか甘すぎるが、某女性誌の企画意図には合いそうなキュートなワイン。
お笑いコンビ、オードリーの春日がキャンディを溶かした水を冷蔵庫に常備してジュース代わりに飲んでいるという話を聞いてからというもの、ロゼワインを飲むたびにそれが思い出され、ついキャンディ水のイメージに引き寄せられて試飲が狂う。困ったもんだ。

今夜は雪。そのせいか否か花粉症の症状が重い。もう1本試飲用のボトルを抜栓したいのだが、鼻が利かぬとあってはその気も起こらない。ふと思い出して、先日人に訊いたにがりを使った鼻うがいを試してみる。これが、まるで水の中で仰向けになるような苦痛を鼻に引き起こすのだが、その苦痛が退いてみれば、驚きの即効。

2009年3月2日月曜日

小便から香気

早稲田でスペインバルを営むK夫妻と目黒のキッチンセロへ。僕は4回目、K夫妻は初めてだが、彼らにとっては流行りの同業店をちょっと偵察という気持ちもあっただろう。今夜僕にはひとつ目的があった。この店に置いてあるはずのボー・ペイサージュという日本のワインを飲んでみることだ。グラスワインのリストにお目当ての銘柄の白(シャルドネ)・赤(マスカットベリーA)が1つずつ載っていた。まずシャルドネを注文。大ぶりのグラスに注がれたのは濃い黄色で濁りの残るワイン。抜栓したてだからゆっくり飲んでくれと店の人が言うのだが、飲み始めると最初たくあんのような匂いがあり次第に果実が上がってくるのが面白く、あっという間に飲んでしまった。自然な造りであるらしくアルザスのワインを思い出し、マルク・テンペのロゼを一杯。その後でマスカットベリーAをいったんは注文したが、思い直してボトルでは何があるかと店の人に訊いてみた。もともと飲んでみたかったのはメルロだったのだ。在庫を調べに行った店の人が戻ってきてラ・モンターニュ2005があるという。メルロ100のやつだ。迷わずそれを注文。匂いからして邪気がない。味はといえば、これはぶどうに無理をさせていないなと確信するような健全な味がした。ワインの評判というのはあまりアテにならぬものだが、これは世評通りの傑作である。日本にも飲み手を驚かせる逸品があると予想はしていたのだが、これはまさにそれに値する1本。一同等しく感嘆し、ボトルはすぐ空になり勢いも出て、もう1本何かを開けようとなったが、それにふさわしい1本が見つからない。タウンター席の背後にあるセラーからグラスで飲めるものを仏・伊・西と3種選んで回し飲みするが、ラ・モンターニュに如くものはなかった。
よく飲んだ。こういう夜は就寝後数時間で目が覚めてしまう。寝室を出てトイレのドアを開けて驚いた。個室がフルーツコンポートのような香気に満ちているのだ。就寝前に用を足したときにわが身が発したものらしい。長年ワインを飲んできたが、こういうことは過去数度しかない珍事である。

おとといの土曜は夜、友人Yを呼び、某女性誌のワインリストのためのテイスティングに付き合ってもらった。白4本、赤2本とはかどった。出色は、白ではロージュリル バスティド・ドゥ・ガリーユ ヴィオニエ2007、赤はグリフォネ サンジョヴェーゼ・ディ・ロマーニャ2005、サンタ・デュック エリタージュ(NV)のいずれもよく出来ていた。逆にアルゼンチンのシャルドネが不合格に。某ワイン誌の評を頼りに入手したものだったが、当てが外れた。こういうことがあるからやはり自分で飲んでみなくては、との思いを新たにする。