2011年6月23日木曜日

クウェートの思い出、あるいはドンペリのそれ

 クウェート対日本戦(ロンドン五輪の2次予選)のTV中継まであと3時間半もある。この不毛の時をどうやってつぶそうか?

 そうだ、暇つぶしに、以前雑誌の取材でクウェートを訪ねたときのことを語ろう。それは5年くらい前のこと。王家の、といっても直系ではなく傍系の、王子を訪ね暮らしぶりを訊くという呑気な企画のためにクウェートに行った。エミレイツ航空でドバイ経由。オイルマネーの香りプンプンのルートだ。王子の名前はものすごく長かったことだけは憶えているが部分的にすら思い出せない。アブドラとかアヒードとか、そういうのが付いた名前だっただろう。王子はブランド好きが嵩じて、ショッピングビル経営に乗り出したところだった。王子の邸にもお邪魔した。かの国では一夫多妻がふつうだが、王子の妻は一人だけだった。小さな子どもが2、3人いたと思う。王子の邸はだだっ広くて古風な家具が点々としていて召し使いやベビーシッターが何人かいた。細長くて曲がった注ぎ口をもったガラス製のポットから注がれた紅茶と甘いお菓子を出された気がするが、そのへんは記憶違いかもしれない。
 夜、王子がわれわれ取材陣をご馳走するという。のこのことついていくと、寿司屋だった。クウェートの寿司屋はご想像通りの「外国のsushi屋」である。クウェートでは酒類はご法度。王子も例外ではない。僕らはやたらサーモンだらけの寿司を食い食い、お茶を酌み交わした。腹が一杯になった頃、王子が「じゃあ、もう一軒行こう!」と言う。今度こそ酒の飲める店だと思った。アンダーグラウンドのアジト的な場所かもしれない。僕らはクウェートに入ってから3日間、一滴の酒も飲んでいなかった。
 はたして、王子が2軒目に案内してくれたのは……チョコレートショップだった。ホットチョコレートを飲みながら、王子と仲間たちは、酔ったようにテンションを上げてぺらぺらとよくしゃべるのだった。彼らに人生の楽しみは何か? と質問するとほぼ100%同じ答えが返ってきた。「ショッピング!」。彼らは朝8時半くらいから朝飯代わりにショッピングを楽しむ。夜は飲むかわりにショッピングだ。チョコレートショップの二次会は深夜まで続いた。

 アルコール抜きの5日間をクウェートで過ごし、僕らはまたドバイ経由の帰国便に乗った。ドバイで2時間ほどのトランジットタイムがあった。僕らは迷わずバーに向かい、ためらうことなくグラス1杯35ドルほどのドンペリを頼んだ。その味については……言うまでもなかろう。

2010年11月5日金曜日

励ましのワイン


 今宵のお供は、ボルドー、オーメドックのマドモワゼルL 2006。格付け2級、シャトー・ラ・ラギューヌのサードラベルだ。このシャトーの女性当主キャロリン・フレイに初めて会ったのは3年前。当時、彼女は29歳だったが、シャトーを任されてすでに5年目だった。「クラシックワイン」の“本丸”であるメドックにあって、彼女はワインのモダナイズを敢行していたが、まだ女子大生のような風貌の彼女は、地に足が着いているようには見えなかった。それから2年経った09年、別の取材で彼女と再会する機会があった。痩身にカジュアルな服を着こなすセンスは変わらなかったが、その立ち居振る舞いには「当主の風格」というべきものが備わっていた。そんなキャロリンが格付け2級の「本丸」を死守しながらも、新たな試みとしてトライしたのが、今夜僕が飲んでいるマドモワゼルLであった。ファースト・ヴィンテージは2004なので、2006はこのワインにとって3度目の収穫ということになる。ぶどう自体は、セカンドラベルにも使わぬような若樹のものなのだろう。その証拠に、タンニンが粗く味わいにえぐみとも言える青みが感じられる。それでも全体から感じられるフレッシュ感、清潔な印象(実際にここのセラーはじつに清潔だった)、気持ちを朗らかにしてくれる香り……若いなりにとてもよくできたワインなのだ。そこには「金持ちの娘の道楽」と陰口をたたかれかねない状況を承知のうえで、勇躍ワインの道に飛び込んだキャロリンの矜持が感じられるのだ。これは「圧倒されるワイン」や「詩情の湧くワイン」ではない。が、俺ももうちょっと頑張ってみようかな、と思わせる「励ましのワイン」である。

いま、そこにあるワインを、きちんと



 物音で目が覚める。午前4時半。うちのなかをチェックしたが何ごともない。が、意識が冴えてしまって眠れなくなる。キッチンに行って、寝る前に飲んでいたイタリアワインの残りを飲む。夕食の残りのネギとニラと油揚げの炊き合わせを食べる。1Q84のラストを読むうちにボトルが空になる。ワインが足りない。前日の夕方買ってきたばかりのワインをチェックし、コート・デュ・ローヌを選ぶ。猫も起きてきて走ったりトイレをしたりしている。シャトー・レザムールズ2007は、少なくとも開栓直後は、よくあるキャンディー風味の凡庸なワインに過ぎない。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの10年物を飲んだ直後なのだ、多くを望むのは若いコート・デュ・ローには気の毒というもの。それでも、飲み干してしまったワインを未練たらしく語るのは別れた女に執着するがごとし。いま、ここにあるシャトー・レザムールズをきちんと賞味しようではないか。この状態では高尚なつまみなど合うはずもない。流しのそばに冷めたゆで卵があったのを思い出し、それを食ってみることにする。塩を振りかけて合わなければ、マヨネーズでもマスタードでもつけてみるのだ。

2010年10月31日日曜日

鯖ミソをめぐる三角関係


 TVの料理番組で、鯖ミソを上手につくるコツを紹介していたので、さっそく旬の鯖を買ってきて、料理。ワインは、イタリア、カンパーニャ州の白、ベネヴェンターノのグレコ2009を開けた。黄色いリンゴとパイナップルの風味がある南伊らしいワイン。グレコってくらいだからギリシャ由来の品種なのだろう。鯖ミソのショウガやミソの感じと、このワインの相性は悪くない。が、完全に補完しあう間柄かというと、そこまではいかない。ということで、きのうの飲み残しの赤、ペトリュスのぶどうのクローンを使ったスペイン、ナバーラのパソ・ラ・レイナの登場となった。開栓から1日を経て、干しプルーン、紅茶、チョコレートの風味が強化された感じ。もっとヨード香(潮の香に通ず)の強い赤ならなおよかったのかもしれないが、万やむを得ない。これはこれで、鯖の背の部分(血合い)の味にはよくマッチするのだ。かくして、白赤2本攻撃にて、鯖のみそ煮を攻略。2本を交互に飲んだら、それはそれで楽しくて、ついつい酒量は増えるのであった……。
 ところで今宵の料理とワインの関係、男女で言えば三角関係である。鯖ミソ(♀)を取り巻く2種類のワイン(♂)。あたし、白クンも好きだけど、彼だけだと物足りないの。赤クンは別の意味で好き、でも彼だけでもなにか足りない。そこで白と赤は一計を案じる。じゃあ、俺たち、嫉妬は抜きに2人で鯖ミソちゃんをよろこばせるっていうのはどうだろう? かつて、ドリームカムトゥルーが3人だったころ、♀1&♂2な関係を「ドリカム現象」といったものだが、その夜のわが家の食卓におけるマリアージュはまさにコレ。

シャブリ熟考→ワイン姫


 10月某日、シャブリのプルミエ・クリュ(1級)を2本飲み比べ。飲み比べたのは、ウィリアム・フェーヴルのヴォロラン2008とジャン・マルク・ブロカールのモンマン2008。開栓直後は前者のほうが堅牢、後者は陽性のフルーツを感じる。15分ほど経つと、ヴォロランは果実が出て、もともとのミネラルやヨードと相俟って厚みを感じるように。一方、モンマンはアフターにマーマレード風味があるのが好もしいものの、薄いままで先伸びは期待できない。ヴォロランはグラン・クリュのすぐ隣。やはりそれだけのことはある。

 シャブリのプルミエ・クリュで日本人に人気が高いのはフルショームだと聞いたことがあるが、等級が旨さと合致するシャブリにおいて、傾斜、向きともにグラン・クリュとほぼ同条件の畑なのだから、旨いのも道理。それを好みとした日本人の嗅覚はなかなかすごい。なおかつ、GCのなかではもっとも北(つまりフルショーム寄り)に位置するレ・プルーズはGCのなかでも最も優しい味わいで女性的。硬くてごついレ・クロやブランショーよりも日本人好みであるはず。つまり、旨さと優しさにおいてフルショームが日本人受けしているのだと推測した。

 このところ、複数の原稿の締め切りに追われ、ワインの表現について考えすぎているものだから、きのうの夢には白装束のワイン姫が登場した。やさしく労ってくれて、すごく癒されたが、そういう夢から目覚めてからのゲンジツは一層つらく感じられるのだった。はぁ……

ピノと鰹だし

 ワインとつまみの無限の可能性についてはよく記事にも書いているのだが、ときどき僕自身も固定観念にヤラれているなと思い知り、平手打ちを食らわされたような気分になることがある。
 しば漬けと赤ワインの相性を発見したときの話は前に書いた(と思う)。今回の発見は、ピノと鰹だし。シャンパーニュのアテにそばつゆがいいと書いていたのはたしか葉山孝太郎さん。先日、時鮭の塩焼きに合わせて抜栓2日目のAOCブルゴーニュを飲んでいて、ふとその話を思い出した。そば用にとっておいた鰹だしが鍋のなかにあった。シャンパーニュではなくて、ピノノワールにだしというのをやってみたら、これがなかなか悪くないのだ。だしをすすってからワインを飲むと、ワインのいままで知らなかった表情が見えたりする。酸味、ミネラル、旨味成分あたりにワインとだしに相通じるものがあるのだろう。
 ピエモンテの赤(ネッビオーロやバルベーラ)などでヨード香の強いものは、シーチキンの匂いとしか表現できない香りがしたりするのだから、赤ワイン=魚っぽい風味は案外自然なのかもしれない。最近は寿司屋でも白ワイン一辺倒ではなく、ピノの赤を勧めるところが増えているという。むべなるかな、なのだ。旅路は長い……。

2010年10月30日土曜日

恐るべき「農業学校ワイン」


 イタリア・ヴァッレ・ダオスタの白、ブラン・デュ・プリウール。少しアプリコットがかった艶っぽい色合いからしてタダモノではない。白い花と蜜とナッツとシトラスが渾然となった香り。やわらかい口当たりに思わず微笑む。これはちょっとした「事件」だと思い、調べてみると、造り手は、なんと農業学校! 品種はグルナッシュブランが80%、残りはシャルドネ、ドラル、シャルモン。後半の2つは聞いたこともない。土着品種か? ぶどう畑はすべて標高600m以上(冷涼地ですよタナカさん!)。年間生産量わずか1500本ながら2000円台半ばの値段とは! まあ、そんへんが農業学校のなせるわざなのだろう。あまりここで激賞して誰かに買い占められても困るんだが(なんせ1500本しかないのだ)、このワインを飲んだ日は昼間に試飲会があり、日がな一日ワインを飲んで、もう飽き飽きしていたのだ。そんな僕がすいすいとボトルを空にしてしまったのだから、酒質までふくめて、駄酒ではありえない。イタリアの農業学校、その行く末や恐るべし。ああ、もっと詳しく知りたい。他のワインも造っているなら飲んでみたい。現地にももちろん出かけてみたい。