2009年8月26日水曜日

キューバ報告



7月の末から8月の半ばまで10年ぶりにキューバへ行ってきた。今回の取材の目的はワインではなく、チェ・ゲバラとヘミングウェイ、その両方。われながら無茶なテーマに手を出したものだと自らを嗤っているが、思いついてしまったのだからしょうがない。それはともかく、このブログではあくまでもワインの報告である。真夏のキューバに似合うのはワインではなくラムである。それはもう事前の予想以上に真理であった。炎天下のハバナ旧市街を歩いたあと意識朦朧としてバー・フロリディータに入り、そこで飲み干す“パパ”ダイキリ(ヘミングウェイの求めに応じて砂糖を入れず、ラムを倍入れたもの)は他のものに代えようがない。ボデギータ・デル・メディオで飲む素朴なモヒートも同様である。
それでも、あるところにはワインがある。ひとつはレストラン、エル・アルヒーベ。この店のオレンジを隠し味に使った鶏の煮込みは付け合わせのアロス・コン・フリホーレス(炊いたコメに黒豆のソースをかけたもの)ともどもキューバ随一の味である。ドリンクメニューを見ても、バーの棚を見てもビールとラムばかりでワインの姿はない。ダメもとでフロアの男にワインリストはないかと訊くと、にやりと笑い、俺についてこいと手招きする。うながされるがままに店の裏手の暗がりに行くと、ドアの先が階下への階段になっており、その先にひんやりと冷房の効いた見事がセラーがあった。高級品があるわけではない、が、スペイン、チリ、イタリアとそれなりに多様な品が揃っている。アメリカに頼らずともワインくらいは揃えてみせるという革命国家の威信を見せつけられた気がした。チリのワイナリーの手になるアリウェンというワインを注文し、席に戻る。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの混醸。日本に帰ってから調べたらサッポロビールが日本にも入れていた。
もうひとつ、ワインと出会った場所は、今回最も長く泊まったホテル、メリナ・ミラマルのバー。驚いたのはキューバ産の赤ワインが飾られていたことだ。キューバ国内は島を含めてくまなく回ったが、どうみてもワイン用のぶどうが栽培できるような場所(気候)はない。いったいどんなぶどうで造ったどんな味のワインなのか? 日増しに興味はつのり、最後の晩、同ホテルのレストランで食事した際に思い切って注文してみた(たしか価格は2500円くらい)。が、あいにく品切れとのこと。食後、バーに行ってみると未開封のボトルが立っている。これはどういったことか? バーでならこの珍品が飲めるのか? 確かめたいことはたくさんあったが、不覚にもそのときは他の酒で相当に酔っぱらっていて、すべては未遂に終わってしまった。もし飲めたとしても、旨かったはずはない。それは確かなのだが、一滴も試さなかったことには悔いが残る。俺としたことが……。

ジンファンデルの躍進

初夏に出して好評だった某女性誌のワイン特集を晩秋に再びやることになり、またしても赤+白+泡=60本のワインリスト作成を担当することになった。かくして連夜の試飲が始まったというわけである。ここ数日のうちに恵比寿パーティで8本、目黒信濃屋で6本、広尾ヴィノスやまざきで6本を購入。日々試飲をしているが、家でやっているとついつい本格的に飲んでしまい、せいぜいが1日2、3本。これでは締め切りに間に合わぬ。目下の出色モノは、カリフォルニアの赤2本。ソノマの名門ケンウッドのシングル・ヴィニヤードものであるマドローネ・ヴィニヤードのメルロ2006とレイヴェンス・ウッドのジンファンデル2006。南仏の同価格帯の赤と比べてもアメリカに軍配が上がる。とくに後者のジンファンデルは抜栓2日目にマデイラのような香りが出て、ますます旨くなった。ワイン飲みとして駈けだしだったころ、中目黒のワインバーでよくジンファンデルを飲んだが、知らぬ間にすっかり洗練されたものだ。

昨日、ワイン仲間で中国料理シェフのFが電話をしてきた。ソムリエ試験の一次が終わったところだそうで、不安げである。同じ日、東京で試験に挑んだはずのスペインバル店主Kにメールしてみる。返信が来て、彼は勘が当たって8割できたと自信満々。
一方で、おととい僕はとあるワイン好きのバレリーナに取材をした。彼女はワイン好きが嵩じて数年前にワインエキスパートの資格を取ったとのこと。ボルドーを飲みながら話を聞いたのだが、資格を取った頃の知識はほとんど忘れてしまったとのこと。ソムリエの資格を持つ元CAにも同様のことを言う人がいた。それも仕方のないことなのだろう。資格とか試験というのは大なり小なりそういうものだ。しかし、と僕は思うのである。それぞれのワインとの付き合い方によって、押さえておくべきワイン知識の領域は異なるだろう。が、畢竟ワインとは総合的な要素からのみ語りうるものである。せっかく資格が取れるほどのワイン総合力を身に付けたのならば、その後もキープしてもらいたい。こういうのは余計なお節介、老婆心だと? それは承知の上で言っているのだ。