2010年10月31日日曜日

鯖ミソをめぐる三角関係


 TVの料理番組で、鯖ミソを上手につくるコツを紹介していたので、さっそく旬の鯖を買ってきて、料理。ワインは、イタリア、カンパーニャ州の白、ベネヴェンターノのグレコ2009を開けた。黄色いリンゴとパイナップルの風味がある南伊らしいワイン。グレコってくらいだからギリシャ由来の品種なのだろう。鯖ミソのショウガやミソの感じと、このワインの相性は悪くない。が、完全に補完しあう間柄かというと、そこまではいかない。ということで、きのうの飲み残しの赤、ペトリュスのぶどうのクローンを使ったスペイン、ナバーラのパソ・ラ・レイナの登場となった。開栓から1日を経て、干しプルーン、紅茶、チョコレートの風味が強化された感じ。もっとヨード香(潮の香に通ず)の強い赤ならなおよかったのかもしれないが、万やむを得ない。これはこれで、鯖の背の部分(血合い)の味にはよくマッチするのだ。かくして、白赤2本攻撃にて、鯖のみそ煮を攻略。2本を交互に飲んだら、それはそれで楽しくて、ついつい酒量は増えるのであった……。
 ところで今宵の料理とワインの関係、男女で言えば三角関係である。鯖ミソ(♀)を取り巻く2種類のワイン(♂)。あたし、白クンも好きだけど、彼だけだと物足りないの。赤クンは別の意味で好き、でも彼だけでもなにか足りない。そこで白と赤は一計を案じる。じゃあ、俺たち、嫉妬は抜きに2人で鯖ミソちゃんをよろこばせるっていうのはどうだろう? かつて、ドリームカムトゥルーが3人だったころ、♀1&♂2な関係を「ドリカム現象」といったものだが、その夜のわが家の食卓におけるマリアージュはまさにコレ。

シャブリ熟考→ワイン姫


 10月某日、シャブリのプルミエ・クリュ(1級)を2本飲み比べ。飲み比べたのは、ウィリアム・フェーヴルのヴォロラン2008とジャン・マルク・ブロカールのモンマン2008。開栓直後は前者のほうが堅牢、後者は陽性のフルーツを感じる。15分ほど経つと、ヴォロランは果実が出て、もともとのミネラルやヨードと相俟って厚みを感じるように。一方、モンマンはアフターにマーマレード風味があるのが好もしいものの、薄いままで先伸びは期待できない。ヴォロランはグラン・クリュのすぐ隣。やはりそれだけのことはある。

 シャブリのプルミエ・クリュで日本人に人気が高いのはフルショームだと聞いたことがあるが、等級が旨さと合致するシャブリにおいて、傾斜、向きともにグラン・クリュとほぼ同条件の畑なのだから、旨いのも道理。それを好みとした日本人の嗅覚はなかなかすごい。なおかつ、GCのなかではもっとも北(つまりフルショーム寄り)に位置するレ・プルーズはGCのなかでも最も優しい味わいで女性的。硬くてごついレ・クロやブランショーよりも日本人好みであるはず。つまり、旨さと優しさにおいてフルショームが日本人受けしているのだと推測した。

 このところ、複数の原稿の締め切りに追われ、ワインの表現について考えすぎているものだから、きのうの夢には白装束のワイン姫が登場した。やさしく労ってくれて、すごく癒されたが、そういう夢から目覚めてからのゲンジツは一層つらく感じられるのだった。はぁ……

ピノと鰹だし

 ワインとつまみの無限の可能性についてはよく記事にも書いているのだが、ときどき僕自身も固定観念にヤラれているなと思い知り、平手打ちを食らわされたような気分になることがある。
 しば漬けと赤ワインの相性を発見したときの話は前に書いた(と思う)。今回の発見は、ピノと鰹だし。シャンパーニュのアテにそばつゆがいいと書いていたのはたしか葉山孝太郎さん。先日、時鮭の塩焼きに合わせて抜栓2日目のAOCブルゴーニュを飲んでいて、ふとその話を思い出した。そば用にとっておいた鰹だしが鍋のなかにあった。シャンパーニュではなくて、ピノノワールにだしというのをやってみたら、これがなかなか悪くないのだ。だしをすすってからワインを飲むと、ワインのいままで知らなかった表情が見えたりする。酸味、ミネラル、旨味成分あたりにワインとだしに相通じるものがあるのだろう。
 ピエモンテの赤(ネッビオーロやバルベーラ)などでヨード香の強いものは、シーチキンの匂いとしか表現できない香りがしたりするのだから、赤ワイン=魚っぽい風味は案外自然なのかもしれない。最近は寿司屋でも白ワイン一辺倒ではなく、ピノの赤を勧めるところが増えているという。むべなるかな、なのだ。旅路は長い……。

2010年10月30日土曜日

恐るべき「農業学校ワイン」


 イタリア・ヴァッレ・ダオスタの白、ブラン・デュ・プリウール。少しアプリコットがかった艶っぽい色合いからしてタダモノではない。白い花と蜜とナッツとシトラスが渾然となった香り。やわらかい口当たりに思わず微笑む。これはちょっとした「事件」だと思い、調べてみると、造り手は、なんと農業学校! 品種はグルナッシュブランが80%、残りはシャルドネ、ドラル、シャルモン。後半の2つは聞いたこともない。土着品種か? ぶどう畑はすべて標高600m以上(冷涼地ですよタナカさん!)。年間生産量わずか1500本ながら2000円台半ばの値段とは! まあ、そんへんが農業学校のなせるわざなのだろう。あまりここで激賞して誰かに買い占められても困るんだが(なんせ1500本しかないのだ)、このワインを飲んだ日は昼間に試飲会があり、日がな一日ワインを飲んで、もう飽き飽きしていたのだ。そんな僕がすいすいとボトルを空にしてしまったのだから、酒質までふくめて、駄酒ではありえない。イタリアの農業学校、その行く末や恐るべし。ああ、もっと詳しく知りたい。他のワインも造っているなら飲んでみたい。現地にももちろん出かけてみたい。

梅干しのかほり

 ちょっと前の話だが、6月某日のこと。都内のホテルで行われたブルゴーニュワイン・セミナーで赤白合わせて8種類のワインをジャッキー・リゴー氏の導きで試飲したのだが、そこに出てきたメルキュレという土地の若い赤には明らかに梅干しに通じる香りと味があった。ところが、講師先生は梅干しなど食べたこともない。
 仏人講師はこのワインの香りの主体はスミレだとおっしゃる。そう言われて、再び新たな気持ちでグラスに鼻をつっこんでみたが、やはりどう嗅いでも梅干しなのだ。ここでまたしてもつねづね考えている問題に突き当たった。テイスティングの良し悪しとはなにか? ワインの味わい表現とは何かという問題である。テイスティングに必要なのは、良い鼻と豊かな語彙を伴った表現力である。そしてさらに重要なのはバックグラウンドと経験値。嗅いだことのない香りを表現するのは至難の業だろう。となると、梅干しの香りをワインのなかに見つけられなかった仏人講師のことはもちろん責められない。ここで言いたいのは2つ。信じられるのは権威の表現ではなく自分の鼻だけということ。もうひとつは、世界中の食文化が入ってきている日本で暮らすわれわれは、テイスターとして経験値の点で有利である。「有利」という言い方がふさわしくなければ、少なくとも「豊か」である、ということだ。

やがて開いて大輪の花に?

 ボルドー、ポムロールのシャトー・ヴレ・クロワ・ド・ゲ2007。5年先に開けてもよさそうなこの銘醸地のワインを「幼女殺し」の罪に問われるのを覚悟でその夜開けたのにはわけがあった。このシャトーを取材で訪ねたのは去年の秋、収穫まであと1週間という時期だった
 魔法使いサリーのパパが出てきそうな城館で僕を迎えてくれたのは、アリンヌとポールのゴールドシュミッツ夫妻。マシンガンのごとき勢いでセールストークをする妻と、いかにも育ちのよさそうな柔和な表情で相づちを打つ夫という図式。聞けば、3つの銘柄をもつこのシャトーはつい最近アリンヌの代に相続されたばかり。ワイン造りの歴史は長いが、近年は某超有名高級銘柄とセットで「抱き合わせ販売」されるという不名誉な立場に甘んじており、今回の相続時に家族内から「もう手放してはどうか?」という意見も出ていたのだった。不名誉な状態のまま、やすやすと家業を手放すわけにはいかない——そう思ったのがアリンヌだった。他人任せだった経営を自分たちの手に取り戻し、畑と醸造設備の改良と館の改修に着手。ペトリュスで醸造アシスタントをしていたヤニック・ライレルをマネジャーに迎えボルドー屈指の人気醸造家ステファン・ドゥルノンクール氏をコンサルタントにつけた。僕がその夜飲もうとしていた2007は、ドゥルノンクール氏が手がけて2年目のヴィンテージということになる。抜栓して30分。大輪の紅い花を思わせる香りと土、そしてスパイス。
 まだ閉じ気味でやや無愛想だったが、ポテンシャルは充分に感じられた。去年の晩秋、ポール氏が日本での新たなインポーターを捜しに来日した。和食の店に連れていくと、箸と箸置きとビールグラスが載った塗りのトレイを見ただけで「トレ・ビアン」を連発。純粋ないい人なのだ。ポール氏の人柄に惚れ、彼のインポーター捜しになんとか力を貸せないかと、僕もいろいろと手を尽くしたが、景気も悪く、なかなか成果が上げられなかった。
 そのポール氏がサンテミリオン・グランクリュのPRのために1年ぶりに来日する。いまだ決まらぬ輸入元を探すミッションも帯びていて、ホテルの部屋を借りて単独の試飲会もするそうだ。ゴールドシュミッツ夫妻とシャトー・ヴレ・クロワ・ド・ゲの命運やいかに?