昨夜の話。前日抜栓したエスクード・ロホ2007の続きを、読みかけのレイモンド・チャンドラー『ザ・ロング・グッバイ』の続きを読みながら飲む。ワインはいただき物。2年前チリに行く直前に一度、予習のつもりで同じワインを飲んだことがる。前夜開けたてのときは平板で魅力的とはいえなかったのだが(だからグラス一杯だけで栓をした)、2日目はグッと良くなった。チリの強烈な日差しで灼けた果皮から出たに違いない煮詰めた果実の風味。くぐもったような香りはシラー、原っぱの草の香はカルメネールか。アメリカ車のシートのような匂いを感じるのは読んでいる小説の影響かもしれない。テリー・レノックスの嫌疑とともに飲んでいくといつしかワインの味わいまでもがハードボイルドになったような。チャンドラー作品に旨いワインは出てくるのだろうか? 本人が生きていたら「俺の小説を読むときはウイスキーにしてくれないか」と言うかもしれない。
某インポーターから今月13日に行われるカンポ・ディ・サッソ社ワインメーカー来日記者会見の案内が来たが、当日は別件があって出られない。カンポ・ディ・サッソ社はロドヴィゴ・アンティノリが95年にボルゲリに立ち上げた蔵。フラッグシップのインソリオ・デル・チンギャーレは試飲会で飲んだことがあるが、濃縮感の極みで、飲み手を唸らせるものがあった。元々はミシェル・ロランのコンサルティングを仰いで世に出た蔵。今回来日するのはスウェーデン人の女性醸造家。いちいち気が惹かれる要素が揃っているだけに、出られないのが無念でならない。
12年前イタリア取材の際にロドヴィゴの兄、ピエロ・アンティノリにフィレンツェのオフィスでインタビューしたことがある。貴族の末裔にしては気さくな人物だったのが印象的だった。それから7,8年経って、映画『モンド・ヴィーノ』で見たピエロ氏は弟ロドヴィゴとの確執に疲れ果てたようで、ひどく老けて見えた。僕にとってアンティノリ家のワインはそんなゴッドファーザー的な記憶とともに飲むもの。ボルゲリという地名も心穏やかには聞けぬものがあるのだ。
夜、アルゼンチンのアラモス・トレンテス2007を抜栓。トレンテスはアルゼンチン特有の白品種だとワインショップの能書きにあった。香りからしてガツンと押し出しの強いワインである。柑橘に人工的に合成したようなピーチ、そしてライチ。しかし、最も強烈に匂い立つのは別の……えっと、えっと……何の香りだったか出てこない。あきらめてボトルの裏に記された英語の説明を読み、「ジャスミンの花の香り」というフレーズに膝を打つ。こういうのが一番口惜しいのだ。明らかに嗅いだことのある香りなのに、それが何なのか思い出せない。もどかしいし、わが脳の能力低下を思い知らされるようで気が滅入る。
気を取り直し、久しぶりにつくった「うなぎの蒲焼きのワイン煮」(レシピは田崎真也氏に教わった)に合わせて抜栓3日目のエスクード・ロホを飲む。昨日よりもさらにまとまりが出て旨くなった。バロン・フィリップもなかなかやるわい。
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