9月に2週間ボルドー取材に出かけていたのだが、そのレポートをこのブログに書かねば書かねばと思っているうちに早くも2カ月が過ぎ去ってしまった。いまさらまとまったレポートを書くのもナンなので、今後ことあるごとに取材の成果を引いて書くことでお許し願おう。
きょうはカキの話をする。柿ではなくて牡蠣のほうだ。
ボルドーの、ワイン以外の特産品にカキがあることはあまり知られていない。ボルドーはガロンヌ川、ドルドーニュ川、そしてその2本が一緒になったジロンド川という3本の河川の流域に広がっているのだが、最後のジロンド川はぶどう畑がなくなるとすぐに大西洋に注ぐ。河口までいかなくてもボルドー市から西へ1時間ほど車を走らせると、大西洋の海水を閉じ込めた入り江、バッサン・ダルカッションに出る。この入り江でカキが養殖されているのだ。アルカッション、カップ・フェレといった海辺の町はリゾートとして賑わい、ビーチ沿いにはテラスでシーフードを食わせる店が軒を並べている。生ガキのお相手として勧められるのはアントル・ドゥー・メール(ガロンヌ川とドルドーニュ川に挟まれた地域)の白ワインということになる。さっぱりとしてミネラル感もあってそれはそれで悪くないのだが、「カキにはシャブリ」の定番マリアージュを凌駕するかと言われるといささか心許ない。しかし待て。白旗を揚げるのはまだ早い。ボルドーにはもうひとつ生ガキに合うワインがある。ソーテルヌに代表される貴腐系甘口白ワインだ。
生ガキにソーテルヌ? 最初そのマリアージュの話を聞いたときは僕もなにかの冗談だろうと思った。カキの旨さは海の味、潮の味がするところだ。生ガキにレモンを搾り掛けて食べることを考えると辛口の白ワインが合うのはわかる。しかし、飲むデザートのごとき甘口白ワインがカキに合うはずがない。生ガキにハチミツを掛けて食う様を想像してみればいい。やはりフランス人の味覚は日本人から見るとへんてこりんなのだ……と。そんな僕の愚かな既成概念を打ち砕く「事件」が今回のボルドー取材の最中に起こった。サン・クロワ・デュ・モンという産地に甘口白ワインの取材で出かけたときにことだ。サン・クロワ・デュ・モンはボルドーの南、ドルドーニュ川の畔の丘の上、海抜100メートルくらいのところに広がっている。川の対岸はシャトー・ディケムを擁するソーテルヌの地。われわれが訪ねたシャトー・ラ・グラーヴの5代目ヴァージニーさんによると、彼女のところは2つの畑を持っており、ひとつは石ころだらけの粘土石灰質土壌、もうひとつは蛎殻土壌であるという。前者の畑で穫れたぶどうでできるのがシャトー・ラ・グラーヴ、後者からできるのがシャトー・グラン・ペイロー。試飲のときにヴァージニーさんが土壌のサンプルを見せてくれたが、グラン・ペイローのほうにははっきりとカキの形状が残る化石がたくさん含まれていた。それを見たとき僕の記憶装置にぽっと灯りが点った。「もしや、このワインと生ガキが合うのでは?」と訊くと、ヴァージニーはもちろんというように大きく頷いたのだった。
数日後、われわれ取材チームはカップ・フェレのシーフードレストランにいた。生ガキを増量したシーフードの盛り合わせを注文し、バッグのなかから飲みかけのシャトー・グラン・ペイロー2004を取り出す。カキの養殖場に潮が満ちていくのを目の前に眺めながら、出てきたカキを食べ、甘口白を飲む。なんの齟齬も、不仲も、不釣り合いも、理不尽も、そこにはない。簡潔に言うなら、旨いのだ。焼き蛤に日本酒を注いで飲むように、生ガキに甘口白を注いで飲んでみたら、これまた素晴らしい。かくて、ボルドーの貴腐系甘口白ワインと生ガキの相性は実証されたのだった。
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