7月の末から8月の半ばまで10年ぶりにキューバへ行ってきた。今回の取材の目的はワインではなく、チェ・ゲバラとヘミングウェイ、その両方。われながら無茶なテーマに手を出したものだと自らを嗤っているが、思いついてしまったのだからしょうがない。それはともかく、このブログではあくまでもワインの報告である。真夏のキューバに似合うのはワインではなくラムである。それはもう事前の予想以上に真理であった。炎天下のハバナ旧市街を歩いたあと意識朦朧としてバー・フロリディータに入り、そこで飲み干す“パパ”ダイキリ(ヘミングウェイの求めに応じて砂糖を入れず、ラムを倍入れたもの)は他のものに代えようがない。ボデギータ・デル・メディオで飲む素朴なモヒートも同様である。
それでも、あるところにはワインがある。ひとつはレストラン、エル・アルヒーベ。この店のオレンジを隠し味に使った鶏の煮込みは付け合わせのアロス・コン・フリホーレス(炊いたコメに黒豆のソースをかけたもの)ともどもキューバ随一の味である。ドリンクメニューを見ても、バーの棚を見てもビールとラムばかりでワインの姿はない。ダメもとでフロアの男にワインリストはないかと訊くと、にやりと笑い、俺についてこいと手招きする。うながされるがままに店の裏手の暗がりに行くと、ドアの先が階下への階段になっており、その先にひんやりと冷房の効いた見事がセラーがあった。高級品があるわけではない、が、スペイン、チリ、イタリアとそれなりに多様な品が揃っている。アメリカに頼らずともワインくらいは揃えてみせるという革命国家の威信を見せつけられた気がした。チリのワイナリーの手になるアリウェンというワインを注文し、席に戻る。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの混醸。日本に帰ってから調べたらサッポロビールが日本にも入れていた。
もうひとつ、ワインと出会った場所は、今回最も長く泊まったホテル、メリナ・ミラマルのバー。驚いたのはキューバ産の赤ワインが飾られていたことだ。キューバ国内は島を含めてくまなく回ったが、どうみてもワイン用のぶどうが栽培できるような場所(気候)はない。いったいどんなぶどうで造ったどんな味のワインなのか? 日増しに興味はつのり、最後の晩、同ホテルのレストランで食事した際に思い切って注文してみた(たしか価格は2500円くらい)。が、あいにく品切れとのこと。食後、バーに行ってみると未開封のボトルが立っている。これはどういったことか? バーでならこの珍品が飲めるのか? 確かめたいことはたくさんあったが、不覚にもそのときは他の酒で相当に酔っぱらっていて、すべては未遂に終わってしまった。もし飲めたとしても、旨かったはずはない。それは確かなのだが、一滴も試さなかったことには悔いが残る。俺としたことが……。