2009年10月4日日曜日

名月に一句



往く月を
見送りながら
ロドリゲス

4度目のボルドー取材から帰国して1週間。いまだ時差ぼけが抜けない。年齢による肉体の衰えについては語りたくないが、ここ数年時差ぼけから立ち直るのに日数がかかる。昨夜は零時に床に就き3時33分に目が覚めた。世の中には3時間睡眠で通す人だっているそうだが、生来ロングスリーパーである僕には到底無理。次なる睡魔を誘うべくキッチンの椅子に座って、昨夜開けたテルモ・ロドリゲスの白の続きを飲む。抜栓時よりもワインが落ち着いて邪気やてらいのない円い味がする。おりから今宵は中秋の名月。ワインに手を出す前には皓々として西の空にあった月だったが、ワインを手にじっくり眺めようと再びベランダに出たときにはすでに雲の向こうに隠れていた。月もワインもこちらの都合通りにはゆかぬ。それも魅力のうちなのかもしれない。

2009年8月26日水曜日

キューバ報告



7月の末から8月の半ばまで10年ぶりにキューバへ行ってきた。今回の取材の目的はワインではなく、チェ・ゲバラとヘミングウェイ、その両方。われながら無茶なテーマに手を出したものだと自らを嗤っているが、思いついてしまったのだからしょうがない。それはともかく、このブログではあくまでもワインの報告である。真夏のキューバに似合うのはワインではなくラムである。それはもう事前の予想以上に真理であった。炎天下のハバナ旧市街を歩いたあと意識朦朧としてバー・フロリディータに入り、そこで飲み干す“パパ”ダイキリ(ヘミングウェイの求めに応じて砂糖を入れず、ラムを倍入れたもの)は他のものに代えようがない。ボデギータ・デル・メディオで飲む素朴なモヒートも同様である。
それでも、あるところにはワインがある。ひとつはレストラン、エル・アルヒーベ。この店のオレンジを隠し味に使った鶏の煮込みは付け合わせのアロス・コン・フリホーレス(炊いたコメに黒豆のソースをかけたもの)ともどもキューバ随一の味である。ドリンクメニューを見ても、バーの棚を見てもビールとラムばかりでワインの姿はない。ダメもとでフロアの男にワインリストはないかと訊くと、にやりと笑い、俺についてこいと手招きする。うながされるがままに店の裏手の暗がりに行くと、ドアの先が階下への階段になっており、その先にひんやりと冷房の効いた見事がセラーがあった。高級品があるわけではない、が、スペイン、チリ、イタリアとそれなりに多様な品が揃っている。アメリカに頼らずともワインくらいは揃えてみせるという革命国家の威信を見せつけられた気がした。チリのワイナリーの手になるアリウェンというワインを注文し、席に戻る。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローの混醸。日本に帰ってから調べたらサッポロビールが日本にも入れていた。
もうひとつ、ワインと出会った場所は、今回最も長く泊まったホテル、メリナ・ミラマルのバー。驚いたのはキューバ産の赤ワインが飾られていたことだ。キューバ国内は島を含めてくまなく回ったが、どうみてもワイン用のぶどうが栽培できるような場所(気候)はない。いったいどんなぶどうで造ったどんな味のワインなのか? 日増しに興味はつのり、最後の晩、同ホテルのレストランで食事した際に思い切って注文してみた(たしか価格は2500円くらい)。が、あいにく品切れとのこと。食後、バーに行ってみると未開封のボトルが立っている。これはどういったことか? バーでならこの珍品が飲めるのか? 確かめたいことはたくさんあったが、不覚にもそのときは他の酒で相当に酔っぱらっていて、すべては未遂に終わってしまった。もし飲めたとしても、旨かったはずはない。それは確かなのだが、一滴も試さなかったことには悔いが残る。俺としたことが……。

ジンファンデルの躍進

初夏に出して好評だった某女性誌のワイン特集を晩秋に再びやることになり、またしても赤+白+泡=60本のワインリスト作成を担当することになった。かくして連夜の試飲が始まったというわけである。ここ数日のうちに恵比寿パーティで8本、目黒信濃屋で6本、広尾ヴィノスやまざきで6本を購入。日々試飲をしているが、家でやっているとついつい本格的に飲んでしまい、せいぜいが1日2、3本。これでは締め切りに間に合わぬ。目下の出色モノは、カリフォルニアの赤2本。ソノマの名門ケンウッドのシングル・ヴィニヤードものであるマドローネ・ヴィニヤードのメルロ2006とレイヴェンス・ウッドのジンファンデル2006。南仏の同価格帯の赤と比べてもアメリカに軍配が上がる。とくに後者のジンファンデルは抜栓2日目にマデイラのような香りが出て、ますます旨くなった。ワイン飲みとして駈けだしだったころ、中目黒のワインバーでよくジンファンデルを飲んだが、知らぬ間にすっかり洗練されたものだ。

昨日、ワイン仲間で中国料理シェフのFが電話をしてきた。ソムリエ試験の一次が終わったところだそうで、不安げである。同じ日、東京で試験に挑んだはずのスペインバル店主Kにメールしてみる。返信が来て、彼は勘が当たって8割できたと自信満々。
一方で、おととい僕はとあるワイン好きのバレリーナに取材をした。彼女はワイン好きが嵩じて数年前にワインエキスパートの資格を取ったとのこと。ボルドーを飲みながら話を聞いたのだが、資格を取った頃の知識はほとんど忘れてしまったとのこと。ソムリエの資格を持つ元CAにも同様のことを言う人がいた。それも仕方のないことなのだろう。資格とか試験というのは大なり小なりそういうものだ。しかし、と僕は思うのである。それぞれのワインとの付き合い方によって、押さえておくべきワイン知識の領域は異なるだろう。が、畢竟ワインとは総合的な要素からのみ語りうるものである。せっかく資格が取れるほどのワイン総合力を身に付けたのならば、その後もキープしてもらいたい。こういうのは余計なお節介、老婆心だと? それは承知の上で言っているのだ。

2009年7月24日金曜日

日食と革命

きのうの皆既日食は、できたら奄美で見たいと思っていた。奄美には旧知のキャンプ場があり、友もいて、現地にさえたどり着ければ困ることはないと思ったのだ。しかし、2カ月くらい前から頑張ったが飛行機も船も取れない。次第に前後の時期に海外出張が入るなど状況的にも難しくなり、やむなく東京(うち)で見物することになった。東京は終始曇りだったが、じつは時折薄雲の彼方に太陽の姿が見て取れたのだ。マンションの屋上(5階の高さ)から周囲を見ると、いやにしんとして、家々のテレビアンテナのひとつひとつに不穏な気配を漂わせて静かにカラスたちが羽根を畳んでいた。七部方欠けた太陽は半月のそれに似て、でも非なるもので、太めのクロワッサンのようだった。もう一度、周囲を見回したが、僕と連れ合いの他に見る人もなし。この瞬間、太陽が欠けていくという一大事を見ずして、なにが人生と言えるのだろう? 日食を見るよりも大事な仕事っていったいなんだ?

そんな狂騒的日食の日から1日。夜、僕は出発まであと1週間を切ったキューバ取材のために資料本を読みながらワインを飲んでいる。少し残っていたイタリアの微発泡を飲みきってしまい、さてどうしたものかとキッチンを見回して目に留まったのが4日ほど前から冷やしつつ飲んでいたモレッリーノ・ディ・スカンサーノ ロッジアーノ2007。南トスカーナのモレッリーノ・ディ・スカンサーノは最近になってDOCGに昇格したとのこと。イタリアの原産地呼称もどんどん変わっており、ついていくのがたいへんだ。さて、このワイン、さっきも述べたように抜栓したのは4日ほど前。最初は冷蔵庫に入れていたが、昨日今日は室温にてほったらかし状態。コルクを引き抜き匂いを嗅ぐと、案の定、エコノミークラスで飲まされるワインのような香りがする。無理もないし代案もないと諦めてグラスに注ぎ、チェ・ゲバラの本を読みながら飲み出すと、これが意外とイケるのだ。ぬるさに耐える熟れた果実、ひとつも崩れていないボディ&バランス。このワインみたいな中年女がいたら、少々小じわが目立っても、メロメロだろう。ここはイタリアワインの底力に感嘆すべきか、はたまたロマンティックにこれは日食の為したマジックだと断じるべきか、はて? ワイン革命の勝利を! さもなくば死を!!

2009年7月15日水曜日

驚きの生命力


梅雨が明け夏来たりなば喉が渇く。されど、しばらく留守にしていたものだからワインのストックがない。やむなく、2週間くらい前に開けて半分くらい飲み、そのまま栓をして冷蔵庫に入れてあった白ワイン、ドメーヌ・ドゥ・ポッシブルのクール・トゥジュールを冷蔵庫から取りだし、恐る恐る匂いを嗅いでみる。意外にも良い香りがする。グラスに注いで飲んでみてもその好印象は変わらない。もともとこのワイン、友人とのワイン会に持ち込むワインを選ぶべく出かけたワインショップで目に留まり、「自然派」「澱をそのままに瓶詰め」「名前は“放っておけ”という意味」などの惹句に惹かれて買ったもの。うちにもって帰ると、少しボトルの口から液漏れをしており、それもあってワイン会には別のワインを持っていったので、このワインは家に残ったのだ。ノルマンディへの旅の前夜、開けてみると、ぬか床のような匂いがする。味までもぬかなのだが、別に不快ではない。むしろ飲むほどにクセになる。面白いと思ったが、旅の直前にてやむなく半量を残し、きっと留守中に家人が残りを飲んでくれるだろうと思っていたら、あに図らんや、そのまま残っていたのであった。で、2週間経った今、ぬか臭は消失、替わりに上品なフルーツがまだいきいきとしている。この生命力はいったいなんだろう? ビオの為せる業か、はたまた当初液漏れしていたアクシデント(酸化)が奇跡の作用をもたらしたのか? こういうことがあると、自分がたまにシッタカぶって書いたり語ったりしているワイン常識の足もとがすくわれるようで、それが口惜しいかというと、むしろ逆に微笑ましいのである。

2009年7月14日火曜日

ノルマンディ報告




7/5〜7/13までフランス・ノルマンディに行ってきた。某女性誌の仕事で、前半のパリ、ジヴェルニー(モネの家と睡蓮の池)、ルーアン(モネの描いたノートルダム大聖堂)までは女優のNさんとその夫でミュージシャンのSさんが同行。後半は、エトルタ(奇岩の海岸)、ルアーブル(モネ「印象、日の出」)、オンフルール、ドーヴィル(映画『男と女』)などを巡った。全体のテーマは印象派と庭園。ノルマンディは地理的にぶどう栽培の北限を越えているから今回は地ワインは無し。その代わりにシードル、カルヴァドスといったりんごの酒があって、そちらの造り手は取材した。シードルは小粒で酸味の強いりんごから造る発泡酒。収穫は木からではなく、必ず果実が熟して落ちてから拾うのだという。シードルを蒸留しオーク樽で寝かせて造るのがカルヴァドス。そしてもうひとつ今回の発見は、シードルとカルヴァドスの中間的存在と言えるポモ。ポモは熟成期間の短い若いカルヴァドス1にりんごジュース2を加え、それを1年半程度樽で熟成したもので、アルコール度数は17程度(カルヴァドスとシードルを混ぜたものという説明があるが、それはウソらしい)。こいつを少し冷やして食前酒とし、食中にはシードルを飲み、食後にカルヴァドスというのがノルマンディのやり方である。沿岸で獲れる牡蠣とポモやシードルはなかなか相性がよかった。牡蠣のほか、イチョウガニ、ムール貝、タラ、スズキ等々の魚介類、牛肉、羊肉、鴨、チーズ(カマンベールはノルマンディ内陸部の村の名前)など食材は豊かで、レストランの料理法としてシードル煮込みやカルヴァドスのソースというのが目立った。

2009年6月4日木曜日

スペイン報告


5/23〜6/1まで、スペインのムルシア地方(ブーリャス、フミーリャ、イエクラ)とお隣のラマンチャ地方に属するイゲルエラ村へワイン取材に行ってきた。写真はフミーリャで撮ったもの。アメリカ西部かと見まがうような乾ききった風景のなか、ムルシア地方の主要品種モナストレルの畑が広がる。降水量が極端に少なく地中に水分が乏しいので、ぶどうは間隔を充分に開けた株仕立てで植えられていることが多い(無灌漑の場合)。一方、灌漑をして垣根仕立てにされているのはモナストレル以外のシラーやカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといった国際品種。このあたりの土壌は石灰岩質。場所によって表土は小石、砂、粘度混じりに大別される。モナストレルはフランスではムールヴェードル。この品種についてヒュー・ジョンソンの『地図で見る世界のワイン』から引用してみよう。
〈成熟させるには充分な日照が必要。酸化しやすいがプロヴァンスの最も高貴なワインとなる。南フランスでは全域で、特にグルナッシュやシラーとのブレンドものの肉付きを良くする。スペインではモナストレルと呼ばれ、赤ワイン用の葡萄として2番目に多く栽培されているが、質よりも量を連想させる。カリフォルニアやオーストリアではマタロとして知られ、やや軽んじられていたが、ムールヴェドルと改名し、魅力的なフランスのイメージをもたせて成功した〉
この説明文の語り口で明らかなように、モナストレルは長く二級の評価に甘んじてきた。色が濃く、甘みと酸がしっかりしているので、他の品種を主体としたワインの欠点を補う脇役として売られていたのだ。1980年代に一部の向上心ある生産者が奮起し、ボトル詰めのワインを造って国際的な評価を得るようになるまで、このあたりのワインはほとんどがバルク売りだった。