7/5〜7/13までフランス・ノルマンディに行ってきた。某女性誌の仕事で、前半のパリ、ジヴェルニー(モネの家と睡蓮の池)、ルーアン(モネの描いたノートルダム大聖堂)までは女優のNさんとその夫でミュージシャンのSさんが同行。後半は、エトルタ(奇岩の海岸)、ルアーブル(モネ「印象、日の出」)、オンフルール、ドーヴィル(映画『男と女』)などを巡った。全体のテーマは印象派と庭園。ノルマンディは地理的にぶどう栽培の北限を越えているから今回は地ワインは無し。その代わりにシードル、カルヴァドスといったりんごの酒があって、そちらの造り手は取材した。シードルは小粒で酸味の強いりんごから造る発泡酒。収穫は木からではなく、必ず果実が熟して落ちてから拾うのだという。シードルを蒸留しオーク樽で寝かせて造るのがカルヴァドス。そしてもうひとつ今回の発見は、シードルとカルヴァドスの中間的存在と言えるポモ。ポモは熟成期間の短い若いカルヴァドス1にりんごジュース2を加え、それを1年半程度樽で熟成したもので、アルコール度数は17程度(カルヴァドスとシードルを混ぜたものという説明があるが、それはウソらしい)。こいつを少し冷やして食前酒とし、食中にはシードルを飲み、食後にカルヴァドスというのがノルマンディのやり方である。沿岸で獲れる牡蠣とポモやシードルはなかなか相性がよかった。牡蠣のほか、イチョウガニ、ムール貝、タラ、スズキ等々の魚介類、牛肉、羊肉、鴨、チーズ(カマンベールはノルマンディ内陸部の村の名前)など食材は豊かで、レストランの料理法としてシードル煮込みやカルヴァドスのソースというのが目立った。
2009年7月14日火曜日
ノルマンディ報告
7/5〜7/13までフランス・ノルマンディに行ってきた。某女性誌の仕事で、前半のパリ、ジヴェルニー(モネの家と睡蓮の池)、ルーアン(モネの描いたノートルダム大聖堂)までは女優のNさんとその夫でミュージシャンのSさんが同行。後半は、エトルタ(奇岩の海岸)、ルアーブル(モネ「印象、日の出」)、オンフルール、ドーヴィル(映画『男と女』)などを巡った。全体のテーマは印象派と庭園。ノルマンディは地理的にぶどう栽培の北限を越えているから今回は地ワインは無し。その代わりにシードル、カルヴァドスといったりんごの酒があって、そちらの造り手は取材した。シードルは小粒で酸味の強いりんごから造る発泡酒。収穫は木からではなく、必ず果実が熟して落ちてから拾うのだという。シードルを蒸留しオーク樽で寝かせて造るのがカルヴァドス。そしてもうひとつ今回の発見は、シードルとカルヴァドスの中間的存在と言えるポモ。ポモは熟成期間の短い若いカルヴァドス1にりんごジュース2を加え、それを1年半程度樽で熟成したもので、アルコール度数は17程度(カルヴァドスとシードルを混ぜたものという説明があるが、それはウソらしい)。こいつを少し冷やして食前酒とし、食中にはシードルを飲み、食後にカルヴァドスというのがノルマンディのやり方である。沿岸で獲れる牡蠣とポモやシードルはなかなか相性がよかった。牡蠣のほか、イチョウガニ、ムール貝、タラ、スズキ等々の魚介類、牛肉、羊肉、鴨、チーズ(カマンベールはノルマンディ内陸部の村の名前)など食材は豊かで、レストランの料理法としてシードル煮込みやカルヴァドスのソースというのが目立った。
2009年6月4日木曜日
スペイン報告
5/23〜6/1まで、スペインのムルシア地方(ブーリャス、フミーリャ、イエクラ)とお隣のラマンチャ地方に属するイゲルエラ村へワイン取材に行ってきた。写真はフミーリャで撮ったもの。アメリカ西部かと見まがうような乾ききった風景のなか、ムルシア地方の主要品種モナストレルの畑が広がる。降水量が極端に少なく地中に水分が乏しいので、ぶどうは間隔を充分に開けた株仕立てで植えられていることが多い(無灌漑の場合)。一方、灌漑をして垣根仕立てにされているのはモナストレル以外のシラーやカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといった国際品種。このあたりの土壌は石灰岩質。場所によって表土は小石、砂、粘度混じりに大別される。モナストレルはフランスではムールヴェードル。この品種についてヒュー・ジョンソンの『地図で見る世界のワイン』から引用してみよう。
〈成熟させるには充分な日照が必要。酸化しやすいがプロヴァンスの最も高貴なワインとなる。南フランスでは全域で、特にグルナッシュやシラーとのブレンドものの肉付きを良くする。スペインではモナストレルと呼ばれ、赤ワイン用の葡萄として2番目に多く栽培されているが、質よりも量を連想させる。カリフォルニアやオーストリアではマタロとして知られ、やや軽んじられていたが、ムールヴェドルと改名し、魅力的なフランスのイメージをもたせて成功した〉
この説明文の語り口で明らかなように、モナストレルは長く二級の評価に甘んじてきた。色が濃く、甘みと酸がしっかりしているので、他の品種を主体としたワインの欠点を補う脇役として売られていたのだ。1980年代に一部の向上心ある生産者が奮起し、ボトル詰めのワインを造って国際的な評価を得るようになるまで、このあたりのワインはほとんどがバルク売りだった。
2009年5月21日木曜日
忘れかけていた、ワイン民主化へ障壁
先月の夜の時間の大半をかけ、わが家の廊下を空ボトルで埋めて、60本のワインをセレクトしたのは某女性誌のワイン特集のための仕事だった。4、5日前に掲載誌が店頭に並んだ。ここのところの陽気はすでに初夏から梅雨の走り。シュワシュワや白ワインのことは頭に浮かべども、赤ワインに対する思慕恋情は急低下。こんな時節にワイン特集は売れるだろうか、ハテ?
そのワイン特集の発売を楽しみにしてくれていた同郷の友Kからメールがきた。「ウキタの薦めるワイン、うちの近所のスーパーには1本もないよ」。これはなかなかに看過できぬモンダイである。Kは東京・大田区在住。ワインに関する知識はカベルネとカペルネと思い込んでいるようなレベルである。つまり、僕が常々標榜している「ワインの民主化」を実践するターゲットとしてこの上ない人物なのだ。何度もワイン関係の記事に関わるうちにすっかり常態化し鈍化していたが、じつは僕も最初は雑誌のワイン・カタログを見るたびに、データに書かれているのがインポーター名だけで、実際にそのワインが売られている店の紹介がされていないことに違和感というか不親切感を覚えていたのだ。考えてみると、その理由を誰かにちゃんと説明してもらったことがない。が、いまなら、ある程度は推測できる。理由のひとつはインポーターはほとんど不変だが、酒販店は変動するということ。酒販店は当然売れるモノを仕入れて、売り切ることを目指す。高級品なら定番として常置するものもあろうが、デイリーなものや中くらいの価格のものについては新たに話題になった商品にどんどん入れ替えていくだろう。ヴィンテージという「年に1度のチャラ」があるワインという商品の特性もこの売り方に関与しているのだろう。また、日に日に新たなスター・ワインが出てくるというワイン業界の現況が「変動」に拍車を掛けているということもあるだろう。雑誌(月刊誌)というのは通常、取材と発売の間に1カ月ほどのタイムラグがある。その間にも酒販店のラインナップは移ろうとなると、酒販店名を載せることの意味があやしくなる。一般の消費者が直接関わることのないインポーターが載っかるのには、雑誌側の「広告的理由」もあるのだろう。あまたあるインポーターのなかで、雑誌に広告を打てるほどの規模・財力を持つ会社はほんのひとにぎりなのだが、そのなかに、雑誌側が決して軽んじることのできないクライアントがあって、そのわずか3、4社の名前を出すためにデータはインポーターの名で統一される。むろん、レストラン、バーなどの業者にとっては仕入れ先の情報が載っていることは役に立つわけだが。
話を元に戻そう。Kはどこで僕の薦めるワインを手に入れればいいのか? 僕はとりあえず都内のワインショップ4軒の所在を教えた。近所のスーパーでワインを物色していた彼がワインショップに入るのは、それだけで敷居を感じる行為なのかもしれないが、これも「民主化」への一歩である。
そのワイン特集の発売を楽しみにしてくれていた同郷の友Kからメールがきた。「ウキタの薦めるワイン、うちの近所のスーパーには1本もないよ」。これはなかなかに看過できぬモンダイである。Kは東京・大田区在住。ワインに関する知識はカベルネとカペルネと思い込んでいるようなレベルである。つまり、僕が常々標榜している「ワインの民主化」を実践するターゲットとしてこの上ない人物なのだ。何度もワイン関係の記事に関わるうちにすっかり常態化し鈍化していたが、じつは僕も最初は雑誌のワイン・カタログを見るたびに、データに書かれているのがインポーター名だけで、実際にそのワインが売られている店の紹介がされていないことに違和感というか不親切感を覚えていたのだ。考えてみると、その理由を誰かにちゃんと説明してもらったことがない。が、いまなら、ある程度は推測できる。理由のひとつはインポーターはほとんど不変だが、酒販店は変動するということ。酒販店は当然売れるモノを仕入れて、売り切ることを目指す。高級品なら定番として常置するものもあろうが、デイリーなものや中くらいの価格のものについては新たに話題になった商品にどんどん入れ替えていくだろう。ヴィンテージという「年に1度のチャラ」があるワインという商品の特性もこの売り方に関与しているのだろう。また、日に日に新たなスター・ワインが出てくるというワイン業界の現況が「変動」に拍車を掛けているということもあるだろう。雑誌(月刊誌)というのは通常、取材と発売の間に1カ月ほどのタイムラグがある。その間にも酒販店のラインナップは移ろうとなると、酒販店名を載せることの意味があやしくなる。一般の消費者が直接関わることのないインポーターが載っかるのには、雑誌側の「広告的理由」もあるのだろう。あまたあるインポーターのなかで、雑誌に広告を打てるほどの規模・財力を持つ会社はほんのひとにぎりなのだが、そのなかに、雑誌側が決して軽んじることのできないクライアントがあって、そのわずか3、4社の名前を出すためにデータはインポーターの名で統一される。むろん、レストラン、バーなどの業者にとっては仕入れ先の情報が載っていることは役に立つわけだが。
話を元に戻そう。Kはどこで僕の薦めるワインを手に入れればいいのか? 僕はとりあえず都内のワインショップ4軒の所在を教えた。近所のスーパーでワインを物色していた彼がワインショップに入るのは、それだけで敷居を感じる行為なのかもしれないが、これも「民主化」への一歩である。
2009年5月15日金曜日
日常を非日常に変えてくれるもの
友人Yの誘いで日比谷で芝居『この森で、天使はバスを降りた』を観てから、かねて行こう行こうと思って行けていなかった銀座7丁目のワインバー、ラ・ニュイ・ブランシュへ。店主のH氏と初めて会ったのは彼が西麻布の店にいた5、6年前のことだ。当時西麻布のその店には5度ばかり通ったが、その途中でH氏は新天地を求めて店を離れたのだったと記憶している。住所をたよりに探した店は銀座らしい雑居ビルの地下にあった。恐る恐るドアを開けて店に入ると、たまたまカウンターのなかは無人。しばらくして、見知らぬ顔のスタッフが一人。やや遅れて見覚えのある顔が裏から出てきた。少しばかり年を重ねたようだが思ったほどは変わっていない。「Hさん」と声を掛けると、「あ、ウキタさん」と即答が返ってきた。5、6年の歳月が一瞬に縮まったような気になる。メニューを見るまでもなく、棚に並んだグラスの構成から、この店がどこのワインに重きを置いているかが知れた。シャンパーニュ、ブルゴーニュの白、赤は北ローヌ、南ローヌと僕は4杯。隣のYは赤でイタリアへ。この不景気に店は賑わっていた。背後のテーブル席から「ワインてさ、結局値段でしょ」と聞き捨てならぬ発言が聞こえてきてムッとしたりするが、ここは銀座、そういう人もいるのだと自分を納得させる。そんなことよりも、ワインを通じて知り合った人が時間を超えて達者でやっていることが嬉しい。『この森で、天使はバスを降りた』のテーマはパンフレット的には「いつだって人生はやり直せる」だが、僕の見立てで言うと、「ちょっとしたきっかけさえあれば、平凡な日常もパラダイス(=非日常)になる」だ。僕とH氏は互いに別々の日常的5、6年を過ごして、再び出合った。日常を非日常に変えてくれたもの、それがワイン。
2009年4月22日水曜日
友に贈ったワインで救われる
4月16日、神宮球場でヤクルト−巨人戦を観戦したあと早稲田のスペイン・バル、ノストスへ。前々から店主のKクンが飲ませてくれると言っていたプリオラート、スカラ・デイ1993を抜栓。プリオラートが「4人組」らの手によって急速に現代化したのは80年代後半からのはず。してみると、このワインは過渡期の作品ということになるか。ネットでの売り文句は「クラシック・スタイルのプリオラート」。熟成感がしっかりと乗って、飲みごろであることは間違いないが、まだもう少し先がありそう。グラスのなかでゆっくりと開かせようと思っていたが、口当たりの良さに、ついつい飲んでしまい本領が味わえたのかどうか。仕事を終えた友人Yクンが駆けつけ、飲み手も増えたとて、さらに次のワインを抜栓。テルモ・ロドリゲス・コレクションLZ(エレ・セッタ)2006。白いエチケットの右上から女性の右腕がニュッと出ている印象的な外観。その女性の手につままれているのは赤い果実か。こちらはリオハのワインでテンプラニーリョ100%であるはずだが、チェリーキャンディを水に溶かしたような感じはブルゴーニュ・ルージュに近い趣である。細身色白の女性を思わせ、これはなかなか看過できぬの一本。テルモ・ロドリゲスのワインはガスール(指紋のエチケット)、デヘーサ・ガーゴ(gのエチケット)と飲んだが、このLZほどの感銘は受けなかった。スペインワインを語る上では避けられぬ人のようだ。今後もウォッチしてこの人のワインを飲んでいきたい。
4月19日。先月来ぼく自身(チームを率いプレーイング・マネジャーを務めている)の野球シーズンが始まってしまったもので、どうしてもこのワイン話をするべきブログにも野球の話が出てきてしまう。この日は今季5試合目の試合を午前中に戦い、ぼくのチームは今季初の敗北を喫した。相手は過去5戦してわがチームが5勝してきた相手。最近とみに実力をつけてきたとはいえ、まだまだ負けるわけにはいかぬ相手だった。が、負けた。試合後球場内の戸外パーラーで陽を浴びてビールを飲んでも、夜に場所を転じ浅草で焼き肉を食いながらビールを飲んでも、ぽっきり折れた心は元には戻らなかった。チームの部室ともいうべき原宿のバー誤解でくだを巻こうかと思いチームメイトのKに電話すると、「明日朝早いから出かけるのは無理。よかったらうちでワインでも飲まないか?」という。痛手を癒してくれるならバーだって人んちだってこちらとしてはかまわない。というわけで、夜の11時過ぎにスーパーでイチゴを買ってからK宅へ。
まず出てきたのは、カサーレ・ベッキオ(イタリア・アブルッツォ)の白。この造り手の赤は流行っているが白を見たのは初めてだ。品種も初耳のペコリーノ。酸味が控えめで厚みがあり、ローヌの白を彷彿とさせる。刺激が少なく包容力がある感じはヘコんでいる身にはありがたかった。続いては赤。じつはこれを開けるからとのKの甘言にどうしても抗えず、夜更けもかまわず、おまけにKは彼女とくつろいでいたにもかかわらず、押しかけたのだった。ワインの名は「カオス2003」。そう、2週間前にぼくがKの誕生日のために買ってプレゼントしたワインだ。造り手はマルケ州のコーネロのファットリア・テラッツェ。モンテプルチアーノにメルロ、シラーをブレンドしたまさに混沌の作。ひじょうに香りが高い。「いきいきとした香り」ではなく、たとえば遠くでなるティンパニの音が全身に響き渡ってくる、そういう香りの出方なのだ。熟した果実と樽由来の複雑な香りが太い束になっている。そしてその束を薄く覆うのは、なんと、白檀の香り。いったいどこから出てきたのだろう? ワインの深みと時間による変化を楽しみ、軽口をたたき合っているうちに2時間ほどが過ぎた。友とワインのありがたさが身にしみる——あるいは、そのための昼間の敗戦だったのかとさえ思えてくる。
4月19日。先月来ぼく自身(チームを率いプレーイング・マネジャーを務めている)の野球シーズンが始まってしまったもので、どうしてもこのワイン話をするべきブログにも野球の話が出てきてしまう。この日は今季5試合目の試合を午前中に戦い、ぼくのチームは今季初の敗北を喫した。相手は過去5戦してわがチームが5勝してきた相手。最近とみに実力をつけてきたとはいえ、まだまだ負けるわけにはいかぬ相手だった。が、負けた。試合後球場内の戸外パーラーで陽を浴びてビールを飲んでも、夜に場所を転じ浅草で焼き肉を食いながらビールを飲んでも、ぽっきり折れた心は元には戻らなかった。チームの部室ともいうべき原宿のバー誤解でくだを巻こうかと思いチームメイトのKに電話すると、「明日朝早いから出かけるのは無理。よかったらうちでワインでも飲まないか?」という。痛手を癒してくれるならバーだって人んちだってこちらとしてはかまわない。というわけで、夜の11時過ぎにスーパーでイチゴを買ってからK宅へ。
まず出てきたのは、カサーレ・ベッキオ(イタリア・アブルッツォ)の白。この造り手の赤は流行っているが白を見たのは初めてだ。品種も初耳のペコリーノ。酸味が控えめで厚みがあり、ローヌの白を彷彿とさせる。刺激が少なく包容力がある感じはヘコんでいる身にはありがたかった。続いては赤。じつはこれを開けるからとのKの甘言にどうしても抗えず、夜更けもかまわず、おまけにKは彼女とくつろいでいたにもかかわらず、押しかけたのだった。ワインの名は「カオス2003」。そう、2週間前にぼくがKの誕生日のために買ってプレゼントしたワインだ。造り手はマルケ州のコーネロのファットリア・テラッツェ。モンテプルチアーノにメルロ、シラーをブレンドしたまさに混沌の作。ひじょうに香りが高い。「いきいきとした香り」ではなく、たとえば遠くでなるティンパニの音が全身に響き渡ってくる、そういう香りの出方なのだ。熟した果実と樽由来の複雑な香りが太い束になっている。そしてその束を薄く覆うのは、なんと、白檀の香り。いったいどこから出てきたのだろう? ワインの深みと時間による変化を楽しみ、軽口をたたき合っているうちに2時間ほどが過ぎた。友とワインのありがたさが身にしみる——あるいは、そのための昼間の敗戦だったのかとさえ思えてくる。
2009年4月7日火曜日
カオス、桜、飛翔体
北朝鮮が飛翔体を発射すると予告した期間初日の4日は友人Kの誕生日だった。それを遡ること2日、目黒駅地下にオープンした成城石井を覗きにいき、Kへのプレゼント用と自宅用にイタリアワインを2本買った。プレゼント用はマルケ州、ファットリア・レ・テラッツェのカオス2006。サイケデリックなエチケットとカオスの名が43歳を迎えるKにふさわしく思えた。なぜカオスなのか? その答えはおそらくモンテプルチアーノ、メルロ、シラーの混醸という品種の組み合わせに由来するのだろうが、飲んでみなければなんともいえない。
4日はわが野球チーム、バビグリンの試合の日でもあった。Kもチームのメンバーである。球場のある世田谷公園周辺は桜が満開。試合後、チームメイトと球場近くのもんじゃ焼き屋で飲み食いしてからKの自宅で飲み直すことに。カバに始まり、赤(ローヌ)、赤(スペイン)、白(ローヌ)あたりまでは順に覚えているが、その後はよくわからない。最後はリモンチェッロを飲んでいたような……。後日Kが語るところでは6本のワインが空になっていたとのこと。結局この日は北朝鮮からの飛翔体も飛来せず、カオスも闇雲に開けられることなく、無事に(?)過ぎたのだった。
北朝鮮の飛翔体が打ち上げられたのは翌日の5日だった。日が暮れてから前日と同じ世田谷公園の野球場へ。友人Dが監督をつとめるチームの試合を観戦。試合後、その場に居合わせた5人でピッツェリアのサヴォイへ。窓から夜桜も見えてちょうどいい。スプマンテ→プリミッティーボ→シチリアの白と3本を空にした。赤→白にしたのは、「ピッツァには白ワイン」という説を検証してみたかったからだったが、前夜の二日酔いから立ち直らぬままにさらに飲んだので、まともな判断はくだせなかった。
北朝鮮の飛翔体からはけっきょく何も落ちてこなかった。落ちたのは、2日続けて飲み過ぎたわが身のみ……
4日はわが野球チーム、バビグリンの試合の日でもあった。Kもチームのメンバーである。球場のある世田谷公園周辺は桜が満開。試合後、チームメイトと球場近くのもんじゃ焼き屋で飲み食いしてからKの自宅で飲み直すことに。カバに始まり、赤(ローヌ)、赤(スペイン)、白(ローヌ)あたりまでは順に覚えているが、その後はよくわからない。最後はリモンチェッロを飲んでいたような……。後日Kが語るところでは6本のワインが空になっていたとのこと。結局この日は北朝鮮からの飛翔体も飛来せず、カオスも闇雲に開けられることなく、無事に(?)過ぎたのだった。
北朝鮮の飛翔体が打ち上げられたのは翌日の5日だった。日が暮れてから前日と同じ世田谷公園の野球場へ。友人Dが監督をつとめるチームの試合を観戦。試合後、その場に居合わせた5人でピッツェリアのサヴォイへ。窓から夜桜も見えてちょうどいい。スプマンテ→プリミッティーボ→シチリアの白と3本を空にした。赤→白にしたのは、「ピッツァには白ワイン」という説を検証してみたかったからだったが、前夜の二日酔いから立ち直らぬままにさらに飲んだので、まともな判断はくだせなかった。
北朝鮮の飛翔体からはけっきょく何も落ちてこなかった。落ちたのは、2日続けて飲み過ぎたわが身のみ……
2009年4月1日水曜日
ワインとハードボイルド
昨夜の話。前日抜栓したエスクード・ロホ2007の続きを、読みかけのレイモンド・チャンドラー『ザ・ロング・グッバイ』の続きを読みながら飲む。ワインはいただき物。2年前チリに行く直前に一度、予習のつもりで同じワインを飲んだことがる。前夜開けたてのときは平板で魅力的とはいえなかったのだが(だからグラス一杯だけで栓をした)、2日目はグッと良くなった。チリの強烈な日差しで灼けた果皮から出たに違いない煮詰めた果実の風味。くぐもったような香りはシラー、原っぱの草の香はカルメネールか。アメリカ車のシートのような匂いを感じるのは読んでいる小説の影響かもしれない。テリー・レノックスの嫌疑とともに飲んでいくといつしかワインの味わいまでもがハードボイルドになったような。チャンドラー作品に旨いワインは出てくるのだろうか? 本人が生きていたら「俺の小説を読むときはウイスキーにしてくれないか」と言うかもしれない。
某インポーターから今月13日に行われるカンポ・ディ・サッソ社ワインメーカー来日記者会見の案内が来たが、当日は別件があって出られない。カンポ・ディ・サッソ社はロドヴィゴ・アンティノリが95年にボルゲリに立ち上げた蔵。フラッグシップのインソリオ・デル・チンギャーレは試飲会で飲んだことがあるが、濃縮感の極みで、飲み手を唸らせるものがあった。元々はミシェル・ロランのコンサルティングを仰いで世に出た蔵。今回来日するのはスウェーデン人の女性醸造家。いちいち気が惹かれる要素が揃っているだけに、出られないのが無念でならない。
12年前イタリア取材の際にロドヴィゴの兄、ピエロ・アンティノリにフィレンツェのオフィスでインタビューしたことがある。貴族の末裔にしては気さくな人物だったのが印象的だった。それから7,8年経って、映画『モンド・ヴィーノ』で見たピエロ氏は弟ロドヴィゴとの確執に疲れ果てたようで、ひどく老けて見えた。僕にとってアンティノリ家のワインはそんなゴッドファーザー的な記憶とともに飲むもの。ボルゲリという地名も心穏やかには聞けぬものがあるのだ。
夜、アルゼンチンのアラモス・トレンテス2007を抜栓。トレンテスはアルゼンチン特有の白品種だとワインショップの能書きにあった。香りからしてガツンと押し出しの強いワインである。柑橘に人工的に合成したようなピーチ、そしてライチ。しかし、最も強烈に匂い立つのは別の……えっと、えっと……何の香りだったか出てこない。あきらめてボトルの裏に記された英語の説明を読み、「ジャスミンの花の香り」というフレーズに膝を打つ。こういうのが一番口惜しいのだ。明らかに嗅いだことのある香りなのに、それが何なのか思い出せない。もどかしいし、わが脳の能力低下を思い知らされるようで気が滅入る。
気を取り直し、久しぶりにつくった「うなぎの蒲焼きのワイン煮」(レシピは田崎真也氏に教わった)に合わせて抜栓3日目のエスクード・ロホを飲む。昨日よりもさらにまとまりが出て旨くなった。バロン・フィリップもなかなかやるわい。
某インポーターから今月13日に行われるカンポ・ディ・サッソ社ワインメーカー来日記者会見の案内が来たが、当日は別件があって出られない。カンポ・ディ・サッソ社はロドヴィゴ・アンティノリが95年にボルゲリに立ち上げた蔵。フラッグシップのインソリオ・デル・チンギャーレは試飲会で飲んだことがあるが、濃縮感の極みで、飲み手を唸らせるものがあった。元々はミシェル・ロランのコンサルティングを仰いで世に出た蔵。今回来日するのはスウェーデン人の女性醸造家。いちいち気が惹かれる要素が揃っているだけに、出られないのが無念でならない。
12年前イタリア取材の際にロドヴィゴの兄、ピエロ・アンティノリにフィレンツェのオフィスでインタビューしたことがある。貴族の末裔にしては気さくな人物だったのが印象的だった。それから7,8年経って、映画『モンド・ヴィーノ』で見たピエロ氏は弟ロドヴィゴとの確執に疲れ果てたようで、ひどく老けて見えた。僕にとってアンティノリ家のワインはそんなゴッドファーザー的な記憶とともに飲むもの。ボルゲリという地名も心穏やかには聞けぬものがあるのだ。
夜、アルゼンチンのアラモス・トレンテス2007を抜栓。トレンテスはアルゼンチン特有の白品種だとワインショップの能書きにあった。香りからしてガツンと押し出しの強いワインである。柑橘に人工的に合成したようなピーチ、そしてライチ。しかし、最も強烈に匂い立つのは別の……えっと、えっと……何の香りだったか出てこない。あきらめてボトルの裏に記された英語の説明を読み、「ジャスミンの花の香り」というフレーズに膝を打つ。こういうのが一番口惜しいのだ。明らかに嗅いだことのある香りなのに、それが何なのか思い出せない。もどかしいし、わが脳の能力低下を思い知らされるようで気が滅入る。
気を取り直し、久しぶりにつくった「うなぎの蒲焼きのワイン煮」(レシピは田崎真也氏に教わった)に合わせて抜栓3日目のエスクード・ロホを飲む。昨日よりもさらにまとまりが出て旨くなった。バロン・フィリップもなかなかやるわい。
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